第十三話
その日、アルフレッドとアリーサ、ヴィサにクリストファーはクレアのサロンに集まっていた。特別なことではない。今日サロンにやって来たのがこの面々だったということだ。五人はコーヒーを飲みながら歓談していた。
「ところで」クリストファーが言った。「今日は持ってきた物があるんだ」
「あら、何クリストファー?」
クレアの問いに、皆の視線がクリストファーに集まる。
「これさ」
クリストファーが取り出したのは豪奢な鞘に収まった剣である。
「剣か。その剣は……?」
アルフレッドはクリストファーに視線を投げかける。クリストファーは笑みを浮かべた。
「これは、僕の家に代々伝わる宝剣でね。何でもその起源は曾々お爺さんの代まで遡るらしいんだ」
「へえ……」
アリーサとヴィサは何かを感じたようである。
「クリストファー、その剣は多分鞘から出さない方がいい気がするわ」
「そうだな。何か、得体の知れないパワーを感じる」
「何それ。面白そうじゃない。抜いてみてよクリストファー」
クレアが言った。
「駄目駄目、ちょっと危険な気がするわ」
アリーサは制止する。
「大丈夫だろう。まさか爆発したりしないだろ」
アルフレッドは肩をすくめた。
「いや、そう言うことではなく……うまくは言えないが……とにかく止めた方がいい」
ヴィサも慎重だった。すると、クレアがクリストファーの手から宝剣を取って、誰もが止める間もなく剣を抜いた。
「ほら、何も起こらないじゃない。得体の知れないパワーなんて無いのよ」
しかし、すぐに異変が生じた。空間が歪み、五人は異空間に捕われたのだ。
「やばい! アリーサ!」
「やってますお兄さま! でもどうにもならなくて!」
「おいおい何だよこれ! 吸い込まれるぞ!」
アルフレッドの叫びも空しく、五人は異空間のかなたに消えた。
目を覚ました時、アルフレッドは森の中にいた。
「畜生……どうなってるんだ……どこだここ」
森の外は騒がしい。と、誰かがこちらへ向かってくる。アルフレッドはすぐに茂みに身を隠した。アリーサとクレアだった。アルフレッドは茂みから出た。
「二人とも無事か」
「アルフレッド!」
二人とも皇子のもとへ駆け寄る。
「一体全体何がどうなってるんだ? 外では何が起こってる?」
「戦をしているわ」
「戦?」
アリーサは言った。
「落ち着いて聞いてね。ここは聖暦三四五六年なの」
「何だって!? 百三十年近く前だってのか?」
「間違いないわ。私の時空時計が正確なら」
「で、クリストファーとヴィサは?」
「現地の軍に捕まってしまって、牢屋に入れられたみたいなの」
「何だってそんなことに」
「戦の真ん中に異空間から飛び出してきたものだから、化け物扱いされたみたいね」
「早く助けに行かないと」
「大丈夫よ。兄さんがその気になれば脱出するのは簡単よ。でも、元の時代へ帰るには、クリストファーの宝剣が必要だと思うの」
「とにかく、二人と合流しないと。ヴィサとクリストファーの居場所は?」
「そう遠くないわ。某伯爵家の地下牢にいるみたい」
「アリーサ、君の力を頼りにしていいんだね」
「任せて」
アリーサは笑みを浮かべたが、クレアは不安そうだった。
「まさか伯爵の城に乗り込むっていうの? 本気?」
「クレア、アリーサは神なんだぜ」
「まあ……そうだけど……私たちも一度夢幻回廊に放り込まれたしね」
クレアは吐息した。
「仕方ないか。剣なんか抜くんじゃなかった」
「二人とも捕まって、空から乗り込むわ」
そうして、アルフレッドとクレアはアリーサに捕まると、女神と共に空へと舞い上がった。
アリーサはシールドを全方位に展開している。例え砲撃があったとしてもそのシールドは小揺るぎもしない。
城の上空から接近を試みるアリーサ達であるが、守備隊が騒ぎ出して城壁から兵が発砲してくる。とは言え全ての銃弾はシールドに弾き返される。
アリーサは手をかざすと、兵士たちを全員眠らせた。それから城壁に降り立つ。
(お兄様、アリーサです。お返事下さい)
アリーサのテレパシーにヴィサが応じる。
(妹か。待ちかねたぞ。で、今どこにいる)
(城壁に降りたところです。アルフレッドとクレアが一緒です)
(そうか。こっちもクリストファーと一緒だ)
(兄様、クリストファーの宝剣はどうなりました?)
(没収されたよ。あれは必要になるだろう。取り返さないと)
(心当たりはありますか?)
(ああ、伯爵が興味を示していたからな。伯爵が持っているかも知れん)
(では城内で会いましょう。兄様も牢を破って下さい)
(ああ、では後でな)
そうして、アリーサはアルフレッドとクレアにことの次第を告げると、伯爵のもとへ向かうことに決めた。
「二人とも無事で良かったな」
「ほんとに」
皇子と令嬢は安堵の息を漏らす。
「行きましょう」
三人は駆け出した。
アリーサの催眠術で兵士から伯爵の居場所を突き止めた三人は、その伯爵何某がいる部屋へ踏み込んだ。伯爵は驚いた様子だった。
「何だお前たちは」
アルフレッドらは伯爵が宝剣を持っていることを確認した。アリーサは問答無用で伯爵を魔法で眠らせた。宝剣を確保すると、ヴィサと連絡を取り合い、城内で合流した。
「クリストファー! 無事だったか」
アルフレッドが駆け寄る。
「ええ、ヴィサのおかげで助かりましたよ」
「さて、これからどうする」
皇子の問いかけに、二人の神は見合わせて頷いた。
「その宝剣を貸してくれるかクリストファー。元の時代に帰らなくては」
「ええ」
クリストファーは宝剣を神に手渡した。
「よし、アリーサ、二人がかりで元の時代へ帰れるようにタイマーをセットしよう」
「了解ですお兄さま」
アルフレッドらにはさっぱり話が分からなかったが、魔術のことに関しては仕方ない。
アリーサとヴィサは宝剣に向かって手をかざした。すると、鞘に収まった剣は鈍い光に包まれる。
「よし、クリストファー、剣を抜いてくれ」
「分かりました」
クリストファーは剣を手に取ると、恐る恐る剣を引き抜いた。すると、またあの異空間が出現し、五人は吸い込まれた。
「ちょっと……どういうことよ」
クレアが言った。目の前には、恐竜たちが闊歩している。恐竜だって?
アルフレッドもクリストファーも呆気に取られていた。
「えーっと……時空時計によると、だいたい一億年前に来ちゃったみたいね」
「むう……しくじったか」
ヴィサはうなった。
「あの、帰れるのか? 俺達」
アルフレッドは言った。
「今度は大丈夫。……多分」
アリーサは頬をポリポリとかくばかり。
その時だ、大きな影が五人の背後から現れた。ティラノサウルスだ。
クレアが悲鳴を上げた。ティラノサウルスは咆哮した。
「逃げるぞ!」
ヴィサとアリーサはアルフレッドらを掴んで空に舞い上がった。ティラノサウルスは後を追ってくる。アリーサ達はどうにかティラノサウルスを振り切った。
岩山の上に着陸すると、五人は吐息する。
「生で恐竜を見ることが出来るなんて、こんな機会は一生ないだろうな」
アルフレッドは言って笑った。だがクレアが爆発した。
「笑ってる場合じゃないでしょ! ヴィサ、アリーサ! ほんとに帰れるんでしょうね?」
「大丈夫だよ。そのうち帰れるって。いや、参ったな……」
ヴィサは笑って誤魔化そうとしたが、クレアには火に油を注いだようであった。
「こんなことになるなんてな……こんなもの持ち出すんじゃなかったな」
クリストファーは宝剣を手に、ひとりごちるのだった。
了