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第十一話

 本日はお日柄もよく、皇帝マクシミリアンの行幸には最適の日和となった。マクシミリアンは家族を連れて近衛隊に守られながらフォースター公爵家の領内に入っていた。ここはクレアの実家である。


 アルフレッドは馬に乗りながら遠くまで続く田園風景に視線を泳がせる。その傍らにアリーサが駒を寄せる。


「アルフレッド、何を見ているの?」


「いや、統治が行き届いているなと思ってね」


「そう。ところでここって、クレアの実家なんですってね」


「そうだよ。君、トラブル起こさないでくれよ」


「あら、いつ私がそんな話をした?」


「してなくても嫌な予感がするんだよ。君だけじゃない。君の家族も来ているだう? 君たちの行動は予測できないからね」


「大丈夫よ。公爵のもてなしに行儀よくじっとお話を聞いて入ればいいんでしょう」


「それは皮肉を言ってるの?」


「どっちでもいいんじゃない」


「あのね……全く……」


 そうこうする間に、皇帝一家の隊列はフォースター公爵領の都アーシャルベインへと到着する。中央通りには市民たちが詰めかけていて、皇帝を一目見ようと手を振っていた。マクシミリアンやアンジェリアはそれらに応じながら微笑みを浮かべて手を上げた。市民たちから歓声が起こる。


 宮殿に迎え入れられた皇帝一家と神々は、フォースター公爵ブラッドの出迎えを受けた。


「皇帝陛下、本日は玉体をお運び頂き恐悦至極に御座います」


「何、君の働きに比べれば、これくらい大したことでもあるまい」


「どうぞ、どうぞ、夕食の用意が出来ております」


 一行は馬を預けると宮殿に入って行った。


「皇太子殿下」


 クレアが姿を見せる。


「それにアリーサも、よくいらして下さったわね」


「やあクレア」


「あなたの実家、凄いところね」


 アリーサはヒルヴィンストンの王宮に勝るとも劣らない宮殿の絢爛豪華な内装に感嘆していた。


「クレア公爵令嬢」アリーサの兄ヴィサが進み出る。「本日のお招きに心からお礼申し上げたい」ヴィサはそう言ってクレアの手の甲にキスをした。


「まあ」


 クレアは上気してヴィサに見とれてしまった。


 アルフレッドはヴィサの性質を少しは知っていたから、クレアを引っ張っていって忠告をした。


「クレア、気を付けた方がいいよ。ヴィサは浮気性なんだから。とても一人の女性に収まるような奴じゃないよ」


「あら、それは皇太子殿下にも言えることじゃありませんの?」


「クレア、それとこれとは話が違うだろう」


「私が誰を好きになろうと勝手でしょう。最近はすっかりアリーサに骨抜きにされてしまったようですし」


 そこでアリーサが傍にやってきた。


「何話してるの?」


「い、いや別に……」


 アルフレッドは言葉が出てこなかった。


「ヴィサ様に嫉妬しているのよ殿下は。どう思うアリーサ?」


 クレアの言葉にアリーサはアルフレッドを睨んだ。


「アルフレッド、あなた何考えてるの?」


「いや、だから、それは……」


「嫉妬するなんてみっともない。あなたは私の婚約者なのよ」


 するとクレアが割って入った。


「それはまだ決まったわけじゃないでしょう」


「クレア、ここで私と喧嘩したいの? たった今ヴィサからキスされてまんざらでもなかったようじゃない」


「それとこれは別の問題ですわ。殿下を渡したつもりはないのよ」


「二人とも、ここで喧嘩することないだろう。とりあえず宮殿に入ろう」


「誰のせいでこうなったと思うの」


「そうですわ」


「い、いや、だからそれは……ここはひとまず逃げよう」


 アルフレッドは慌てて後退し、フォースター公爵と言葉を交わしている両親のところへ避難した。


 アリーサとクレアは睨み合うと、「ふんっ!」と顔を背けた。



 その夜は近隣の貴族や有力者たちを招いてパーティが催された。誰もかれもがこの機会に皇帝に取り入ろうとやってくる。それはアルフレッドとて例外ではなかった。有力諸侯が次々と自分の娘を連れてやってきては皇子に紹介するのだ。アルフレッドは逃げるようにバルコニーに出た。


 ヴィサはと言うと、例によってあちらこちらの令嬢に声をかけては口説いているようだった。やはりな、と言ったところである。クレアが見たらどう思うか。


「ふう……」


 アルフレッドは夜風に当たって、アップルジュースのグラスを傾けた。


「殿下」


 クレアだった。


「やあクレア」


「どうやら、殿下のご忠告が当たったようですね。あのヴィサと言う方は女性であれば誰でも良いみたい」


「そんなことはもういいんだよ。ところで、ホストが会場を抜け出してきて良いの? 沢山の公子たちが君の気を引こうとやってきているんじゃないか?」


「それこそ、どうでもいいことですわ。だって……私の心は一つですから」


 そこへ、アリーサが舞い降りてきた。


「アルフレッド、ここにいたのね。クレアと仲良く」


「アリーサ、私まだまだ貴女に負けるわけにはいかないようね」


「望むところよ。でも神に挑むなんて、無謀な女の子だわ。そんな人聞いたことない」


 アルフレッドは吐息して、どうにかならないものかと思いを巡らせる。女神を取るか、公爵令嬢を取るか。しかし現実的には自分の立場から言っても公爵令嬢を取るべきだろう。いやそうは言っても、女神の愛情など得難いものだ。それに帝室の血統に神の血が入ることになるのは高貴なことではなかろうか。アルフレッドの心は揺れ動いている。


「二人とも、私の手を取って」


 不意にアリーサが言った。クレアとアルフレッドは不思議そうにアリーサの手を取る。するとアリーサは二人を持ったまま宮殿の屋上へと上がった。


「見て、この星空。凄いパノラマだと思わない?」


 空気が澄みわたっている。星空は満天の輝きを放っている。


「確かに凄いな」


「ほんとに」


 アルフレッドもクレアも星を見上げて、ただ無言だった。その横にアリーサが腰を下ろす。ただこの時ばかりは、星々の大海は若い二人の人間と一人の女神のために存在するかのようだった。


 了

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