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第十話

 その日、侯爵令嬢キャサリンは、宮廷の錬金術師ジェラルドのもとを訪れていた。


「ジェラルド、頼んでおいた品は出来上がった?」


「これはキャサリン様。例の品ですな。完成しておりますが……このような物、お使いになるのは余り褒められたものではありませんが……」


「お金は弾むと言ったでしょう。はい、これが礼金よ」


 キャサリンは、ジェラルドに金貨千枚が入った巾着袋を手渡した。


「確かに。では品の方を……」


 ジェラルドは部屋の奥から一体の人形を持ってやってきた。


「ふふ……これであの女神をあんなことしてこんなことして……ふふふ……」


 キャサリンは室内から出ていくと、宮廷を出て自宅に戻った。


 私室に閉じこもったキャサリンは、使用人を買収して手に入れたアリーサの髪の毛を人形に埋め込んだ。すると、人形が一瞬鈍い光を放った。


「これで準備は完了だわ。見てらっしゃい」


 キャサリンは人形を持って宮廷に戻った。アリーサの姿を探す。


「見つけた」


 何と、アリーサはアルフレッドとともにいる。庭園のベンチに腰かけている。これこそ好機であった。


 キャサリンは人形の手を持ち上げると、それを振り回した。


 アリーサは突然自分の手が動いて、アルフレッドに平手打ちを食らわせたことにびっくりして動けなかった。


「アルフレッド!」


「アリーサ……何するんだよ!」


「ごめんなさい! 手が勝手に動いて……どういうこと」


 すると、また手が勝手に動いてアルフレッドを殴ろうとした。アルフレッドはその手を止めた。


「アリーサ! 何だっていうんだ!」


「分からないの! 信じて! 何かがおかしい」



 キャサリンはその様子を見て、内心歓喜で笑っていた。本物だ。これは本当の呪い人形だ。これでアリーサを意のままに操ることが出来る。


 キャサリンは人形を上に放り投げて地面に叩き落とした。


 するとアリーサもまた一度上に飛び上がって、地面に叩きつけられていた。


「アリーサ! 君一体どうしたっていうんだ?」


「だから分からないのよ……あいたた……何なのこれ」


 近づくアルフレッドに、アリーサは蹴りを繰り出す。アルフレッドはびっくりして飛びのいた。


「ちょっと、アリーサ!」


「これ絶対何かがおかしいわ。アルフレッド、今は私から離れていて。多分これは……何かの魔術の類よ。誰かが私を操っている」


「魔術って……」


「早く、私から離れて」


「分かった。とりあえず気を付けて」


「ええ」


 アリーサを残して、アルフレッドはその場を離れた。



 アルフレッドはジェラルドのもとへと向かう。あの男なら何か答えが見つかるのではないかと思ったのだ。


「これはこれは皇太子殿下、このような場所へ何の御用でしょうか?」


 そこでアルフレッドは、アリーサの身に起きたことを説明した。


「……と言う次第だ。ジェラルド、お前なら何か答えを持っているのではないかと思ってな」


「そうでしたか……。やはりそのように」


「何だジェラルド、何か知っているのか」


「いや……それは、ちょっと込み入った話でしてな」


「お前は何を知っている」


「それは……申し上げるわけにはいかないのです。私の信用に関わりますからな」


「皇家を敵に回してもいいのか。お前の研究所を封鎖してしまっても良いのだぞ」


「いや……それは……」


 ジェラルドはしばらく思案して、遂に答えた。キャサリン令嬢に頼まれて、他者を意のままに操ることのできる呪い人形を作るように依頼されたことを。


「そうか……キャサリンが……何てことだ」


「殿下、私は逆らえないのですよ。大貴族の身内に頼まれて、断れる道理もありませんし」


「お前の立場も分かるが、そんな人形を作ってどうなるか考えなかったのか」


「勿論、承知しております。悪用されればとんでもないことになると……」


「それで、人形はどう処分すればよいのだ。アリーサの髪の毛だか何だか、人形に入ったままでそれを燃やしてしまったりしたら、本人は無事ですむのか」


「そんなことをしてはいけません。ご本人の一部を人形から取り出しておかないと、焼いたりしたら本当に激痛に襲われることになりますぞ」


「全く、どうしてそんなものを作ったのだ……愚かな。二度とその様な依頼受けるなよ。よいか、これは命令だ」


「は……皇太子殿下のお言葉があれば心強い限りです」



 そうして、アルフレッドはキャサリンを探しに向かった。先ほどのアリーサの奇怪な行動からして、近くにキャサリンはいるはずだ。


 アルフレッドは、その前にアリーサの様子を見に行った。遠目にアリーサを見る。女神は地面にうずくまって苦しそうであった。


「アリーサ……キャサリンは……」


 アルフレッドは周囲を見渡す。そして、茂みに身を潜めているキャサリンを発見する。


「キャサリン!」


 皇子は侯爵令嬢に駆け寄った。キャサリンは驚いた様子で人形を隠した。


「まあ殿下、どうなさいましたの。その様な怖い顔をなって」


「人形を渡すんだ」


「人形? 何のことですの?」


「ジェラルドから全ては聞いてある。さあ、人形を渡しなさい。君の立場が危うくなっても知らないぞ」


「殿下、私を脅迫なさるおつもり?」


「そんなことはしたくないがね」


「…………」


 キャサリンは沈思の内に観念した。


「ごめんなさい殿下。でも、私、あの女神をちょっと懲らしめてやろうとしただけですの。最近は皇太子殿下もすっかり御心をお許しになっている様子。どうしてあの女神だけが特別扱いですの?」


「それとこれは別だろう。だからと言って呪い人形を使っていいなどと言うことにはならない」


 キャサリンは落ち込んでしまって、ゆっくりと人形を差し出した。


「これが人形です」


「これが……それで、どうやったらアリーサは元に戻るんだい」


「背中の服の下にあの女神の髪の毛を埋め込んであります。それを取り除けばもう呪いは解けます」


「そうか」


 アルフレッドは人形の服の背中を開いて、確かに存在した髪の毛を取り除いた。人形は一瞬光った。


「殿下……失礼します」


 キャサリンは涙を拭ってアルフレッドの前を辞した。アルフレッドは吐息して、いったん人形の始末に向かった。人形を焼き払って、それからアリーサのもとへと向かった。


 アリーサはベンチに腰かけていて、空を見上げていた。


「アリーサ」


 その声に、アリーサは顔を向けた。


「アルフレッド」


「もう大丈夫だよ。呪い人形のせいだったんだ」


 アルフレッドはキャサリンのことは伏せておいて、人形のことを話した。


「そう……そんなことが……」


「でももう大丈夫だ。人形は燃やしたからね」


「それは一安心ね。でも、私だってこのままじゃ収まりが付かないわ」


「おいおい、一体どうするつもりだ」


「犯人はキャサリンでしょう?」


「な……何でそんなこと」


「私は心が読めるの。キャサリンをかばったつもりでしょうけど、ただじゃおかないわ」


「待ってくれアリーサ。キャサリンも二度とこんなことはしないだろう。許してやれよ」


「嫌よ」


「アリーサ」


「こればかりは皇太子殿下のお声でも我慢ならないわ。この仕返しはきっちりさせてもらうわ」


 そう言うと、アリーサは飛び去った。


「あちゃ~……心が読めるなんてな……しかし、どうするつもりなんだろう。また騒動にならなきゃいいけど……」


 アルフレッドは吐息して、無事にことが過ぎ去るのを願うばかりであった。


 了

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