第一話
惑星アスラミア最大の帝国イズーメスタル。聖暦三五八七年、アメテリシア大陸を統一したその強大な武力と偉業は、あまねく世界に知れ渡っている。帝都ヒルヴィンストンでは、大陸統一の祝宴が開かれていた。皇帝マクシミリアン一世は世界中から王侯貴族を招き、まさに時の人であった。
そんな皇帝にも危惧することはある。皇妃アンジェリアとの間には皇子アルフレッドが一人いるのみで、この息子に万が一のことあらば、帝室に大きなダメージとなる。皇子は二十歳で、今のところ何事もなく健やかに成長しているのだが。
アルフレッドは大貴族たちの令嬢たちに囲まれていて、蜂が群れる花の如しであった。無論、この場合「花」は皇子である。令嬢たちはそれぞれスズメバチと言ったところか。
その時だった。たまたまバルコニーに出ていた貴族たちは、空から光が接近してくるのを見上げていた。
「何だあれは?」
「こっちに来るぞ!」
「逃げろ!」
貴族たちは慌ててバルコニーから離れた。そして、光は高速でバルコニーに着地した。
アルフレッドは何事が起きたかと、バルコニーの方へ集まる野次馬をかき分け、前に出た。
そこには人がいた。光に包まれた人である。やがて光が収まってくると、ゆったりとしたローブに身を包んだ女性の姿が露わになってくる。人々はざわついている。
マクシミリアンもやってきた。
「一体何事か」
「父上」
「アルフレッド、一体どうしたというのだ」
「あの女性、空から降ってきたのです」
「何だと? 妖の類か」
すると、女性は立ち上がっておもむろに口を開いた。
「ここは惑星アスラミア、イズーメスタル帝国帝都ヒルヴィンストンですね? あなたが皇帝マクシミリアン……そして、あなたが皇子アルフレッド」
マクシミリアンは危険を察知して、「衛兵!」と叫んだ。ばらばらと近衛が現れて、銃剣を構えてその場を取り囲んだ。
「女、どこの魔性か知らんが、大人しく立ち去るがいい。この世界はもはや人間の時代なのだ」
「あら、陛下からそのような言葉を頂くなんて信じられませんわ。まずは誤解を解くべきですね」
「誤解とは?」
「私はこの宇宙の神が一柱アリーサ。この度下界に下りるにつき、婚約者を探しに来たのです」
「それは一体どういうことか」
「そこのアルフレッド様こそ、私が探していた婚約者なのです」
「はあ?」
アルフレッドは我ながら間抜けな声を出してしまったものだと思った。
マクシミリアンは咳払いすると、一歩前に進み出た。
「失礼ながら、あなたが神かどうかはさておき、この大事な余の後継者は然るべき時が来れば然るべき方を妃に迎えるであろう」
「まあ」アリーサは微笑んだ。「陛下、それでは話になりませんわ。よくお考えになって、私は、神なのですよ」
「ちょっと君」アルフレッドが進み出る。「私は人間だ。だから、人間の妃を迎えたい。わざわざお越し頂いて恐縮だが」
「そんな……」アリーサは目を潤ませて、その場にうずくまった。「ひどい……時空を越えて数千億光年の彼方からあなたを探してやってきたのに……あんまりです」
「そんなこと言われてもなあ」
アルフレッドはアリーサに歩み寄った。瞬間、アリーサはアルフレッドに抱きついてキスをした。女性たちから悲鳴が上がる。何てこと!
アリーサはゆっくりとアルフレッドから身を離した。
「ふふ……女神のキスはいかがです?」
「アリーサ……」アルフレッドは完全に憑りつかれた様にアリーサを見つめる。「君の愛は伝わった。君を妃に迎えよう!」
無形の爆発物がその場にいた者たちに衝撃を与える。
ああ……。と、めまいを起こした令嬢たちがその場でくらくらと倒れてしまう。
「アルフレッド……お前」
マクシミリアンは、息子のもとへ歩み寄る。アリーサとアルフレッドはすっかり意気投合したように抱き合っている。
「お前、どうしてしまったのだ」
「父上、私の心は決まりました。この女神を我が妻に」
「アリーサとやら、女神のキスでまさか魅了の術などを行使したのではあるまいな」
「あら皇帝陛下、皇子殿下の言葉は真実ですわ。私たちは運命の二人だったのです」
「それは信じられん」
「でも……殿下の言葉をお聞きになったでしょう?」
そこで鋭い女性の声が飛んだ。
「そんなことは認められませんよ」
皇妃アンジェリアである。マクシミリアンは助成を得て妻の手を取った。
「あなた、アリーサと言われましたね。女神だかなんだか知りませんけど、皇子を誑かして下界を乗っ取るなど、神の行いとは思えませぬ。すぐに立ち去りなさい」
アンジェリアの声は怒っていた。しかしアリーサはどこ吹く風。
「まあ、母上様。どうやら最初のコンタクトはうまくいかなかったようですけど、これからお互いを理解致しましょう」
「ふざけないで! アルフレッドを元に戻しなさい!」
アリーサはくすくすと笑う。
「そうお怒りにならないでお母さま。一日もすれば殿下は元に戻りますわ。今日は未来の夫のご尊顔を拝しに来たのですから」
そうしてアリーサは上空へ舞い上がった。
「また明日参ります。私の家族も連れてまいりますから」
「あなたねえ」
「アルフレッド殿下! すぐに帰って参ります!」
そうして、アリーサはまた高速の光となって飛び去った。
この夜のことは宮廷に瞬く間に広まり、宮廷人たちは右往左往することになる。アルフレッドは「愛し」のアリーサが帰ってしまって非常に残念な思いであった。
そして一日が過ぎる……。
了