アンチ Antihero
殺人事件が起こった。
状況を手短に説明しよう。被害者は今回のパーティのホストである。私は縁あって、彼が個人所有する島に招待された。同様に、ほかにも招かれた客が九人いる。彼は背中にナイフを刺されて殺されているから、誰が見てもあきらかな他殺体だ。けれども、警察はそうそうにはやってこられない。ここは、いわゆる<嵐の孤島>なのだから。
みんな心の中では、自分以外の九人の誰かが犯人だと疑っているにちがいない。しかし、人間の心理は、まずそれを否定しようと働くようで、この島に自分達十人以外に人が隠れていないか探すことになった。
この試みは、完全に裏目に出た。
この孤島に、私達十人しかいない事実を強固にしてしまった。すなわち、犯人がすぐそばにいるのに、それが誰かわからない不安定さを刻印してしまったのだ。結束はゆるみ、疑いは堅くなる。
ただ、十人も集まれば一人くらいは頭のよい奴がいるものである。それが彼女だ。
彼女は美しく強い。彼女の細く儚げな顔立ちとは裏腹に、うちに秘めた正義は折れることをしらない。容姿はか弱いが、精神的にはタフなのだ。このギャップが魅力的だ。そしてなにより、彼女は物語の名探偵にも勝る推理力を持っている。まさに完璧な女性であった。
私はいつしか、彼女に惚れていた。
警察が到着するまえに、聡明な彼女によって事件は解決するだろう。
あと一歩。彼女はそうつぶやく。
美しく知的な瞳が光った。
ここで、私は耐えられなくなった。
私は幼い子供のように、好きな人には意地悪をしたくなる性分がある。素直になれない私は、いつも嫌われる真似でしかアプローチできなったのだ。だから、そんな私は犯人を捕まえようと戦う彼女に、犯人が誰か、なにくわぬ顔で教えてやりたかった。
そう、私は犯人の正体を知っている。
彼女はきっと驚くだろう。
どんな顔をするのだろう。
それを考えると、うきうきする。
犯人は、私なのだ。