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7 貴族は必要? その2

大臣は悩んでいた。

粗末な男爵邸を出、立派な役所も見かけた。

道中では店前を掃除する市民も見かけた。

市民の着ている服が、王都民と大差が無かった。

道路も、街路樹も、花壇までもが、他の開拓都市とはまるで違い、王都と遜色が無いことに疑問は増えるばかり。

そして連れてこられたのが、奴隷商館。

「随分と大きく建てたものだな」

王都でもこれほどの大きさの奴隷商館は無いだろう。

大臣の疑問点としては、排水の果て、木造のあばら家がある貧民区に行くものだと思っていた。

「しかし、奴隷商館に何故、門衛が立っていないのだ?」

「え?門衛ですか?それなら各城門に配備しておりますが」

ジブの?な顔に、溜息を吐きつつ、大臣はアンナを見る。

「ここでは邪魔になりますから、中へ入りましょう」

アンナは扉を開け、中へと入って行く。

すると、カウンターの奥から手を上げる男がいた。

「いらっしゃいま、あれ?アンナ様?」

アンナの姿に反応した男は、背後の壁をノックする。

すると脇の扉から女が出てくる。

「アンナ様?あ、市長もご一緒でしたか。ん?そちらの方は……」

「私の父ですわ。頑固で無口ですが、やっとこの開拓都市を見に来てくれたのよ。ね!」

ね!の一言に、無口設定を押し付けられる大臣。

「うむ」

大臣としても素性を明かすと、今回の訪問の意味が薄れてしまうことを分かっているので、無口に乗った形になる。

「それにしても、随分と立派なお召し物で」

「えぇ、私のとっておきを。まぁ、無理矢理ですけど」

「アンナ様は確か、北方の農村出身と聞いておりましたが、お父様は随分と着慣れていらっしゃるように見えますね」

「馬子にも衣裳ですから」

王都であれば不敬罪確定である。

「それで今日はどの様なご用件で?」

「折角ですから、この開拓都市を見て貰おうと思って、ね!」

大臣は渋い表情で頷いて見せるが、この場のやり取りに頭が半分回らなくなっている。

何故、アンナは夫であるジブより前に出て話しているのか。

何故、この奴隷商館の人間は、男爵であるジブではなく、アンナの方に話しているのか。

「では、各所の案内などに……」

「いや、視察では無いのだ。個人的な訪問だから、案内は無くて良い」

「かしこまりました市長。何かお困りの際には館内の者にお知らせください」

ジブの言葉に女は軽く頭を下げ、戻っていく。

「では、こちらへ」

ジブの案内のもと、2階へと上がる。

2階は奴隷商館に住む奴隷たちの教育部屋がある。

階段を上がってすぐの場所の扉を開け、中に入ると5人の子供と1人の女が居た。

女は、ジブたちに寄ろうとしたが、ジブはそれを手で制し、会話を続けさせた。

「どこまで話したかしら、あぁ、そうそう。先週は街を見て回って貰ったと思うけど、どうだった?」

大臣は驚いた。

子供は多分奴隷だろう。

しかし、何故奴隷が奴隷商館を出るのか、そのまま逃亡してしまわないのだろうか。

そんな心配である。

「うんとね、僕は鍛冶屋に見学に行ったけど、そこもいいかなって思ったけど、その前の大工現場も面白いって、お父さんが悩めって言うから、まだよくわかんないんだ」

5、6歳の男の子がしどろもどろ発言する。

「いいのよ、それでもかなりやりたいことは決まりつつあるわね。お仕事の勉強は3つまで出来るから、まだ大丈夫よ。それに、実際に働き始めて、違うと思えば、また勉強すれば良いだけのことだから」

大臣はジブを肘で小突き、ジブは顔を寄せる。

「ここは教会の教育施設を兼ねているのかね?」

「いえ、教会の教育とは異なります。ここでは本人のやりたいことに合わせて、各職業ごとの教室に割り振っていくだけです」

「奴隷のやりたいことしか教えないのか?」

「最低限の教育はここでの生活で学べますから。やりたくも無い、興味も無い、苦手なことを無理にやらせても非効率ですので」

「では、兵士になりたいなどと言われた場合はどうなるのだ?」

「この教室にいる子供たちではまず兵士と言う選択肢は見えないでしょう。もう少し上の年頃の子供が稀に言うこともありますが、勉強と言うより訓練を体験すれば中々諦めも早いものです。それでも残った場合は、別にある戦闘奴隷商館の領分になりますので」

この国、いや、周辺国においても、奴隷に職業選択の自由など存在しない。

大臣としては、ジブの言う不得手なことを無理にさせても非効率、と言うのは理解できなくも無いが、そもそもその非効率に従事させられるのが奴隷なのだ。

人が、市民がやりたがらないことを奴隷が行う。

大臣が次に入った部屋では、女の子を中心とした裁縫の基礎的な教室。

男女交えた接客の基礎的な教室。

鍛冶の教室に、大工の教室、石工、算術などの教室も見て回った。

「ここまで来ると、基本的な各職業の店舗での全体運営の基礎までは理解できます。その後、研修と言う機会で実際に下働きから初めて、能力に見合った作業を見極めた後に、希望される職場へと派遣されます」

「ミラード法なるものに則って、奴隷は売買ではなく、派遣なのだな?しかし、奴隷を恒久的に雇いたいと言う場合はどうなるのだ?」

「派遣契約期限を更新するには、奴隷の意思が尊重されます。恒久的にとなりますと、奴隷の買取価格の売上が上回れば、解放となり、市民になります。行く道を見定め、独立を考える奴隷は、買取価格の倍額までは奴隷身分で貯蓄が出来ますので、それをギリギリまで過ごす者も少なからずおります。なので、派遣先が恒久的に雇うには、解放され市民となった者に、一般市民として雇用提案を出す必要があります」

大臣はジブの説明を聞きつつ、3階の居住スペースも見、奴隷商館の庭で薪割をする子供たちの姿を見ている。

市民になっても、生活の為の煮炊きや暖房に薪は消費される。

薪割をする市民も居れば、薪割された物を買う市民も居る。

それは王都民であっても変わらない。

それを子供の内から、解放することを前提とした教育が行われている。

この開拓都市においては、市民よりも奴隷が優遇されている様に見えるが、実際労働年齢になり、派遣されるようになっても、派遣料の一部は、今までの教育費や、生活費が引かれる形にはなる。

手元に残るお金は市民よりも少ないかもしれないが、実際は寝起きする空間は保証されている。

だから、お金だけを見れば、確かにここは貧民区、と言える。

その後、開拓都市を見回っても、大臣の想像する貧民区は存在しなかった。

士農工商。

ミラード開拓都市においてこれは、美辞麗句や、建前の構図などではない。

士、兵士は命の危険が身近な魔境へ足を向け、モンスターと戦闘し、その素材を持ち帰り、会計部により多くの報酬を得ている。

農、城壁外の畑で採れる作物は開拓都市全体の食糧事情を担う為、その肉体労働に比例して報酬が多い。

工、工業はその原料となる素材を会計部や商人から仕入れ、加工賃と言う報酬を得る。

商、あらゆる物を売るには、多く仕入れなければならず、状態に応じた金額での仕入れを行わなければ、次の仕入れに支障が出る為、結果、状態に応じた仕入れを行う目利きが必要とされる。大きな利益を生む物は基本的に開拓都市では循環しない為、数は限られる。しかし置かないと客足は遠のく。王都などでは大商会などが存在するが、開拓都市においてはさほど儲からない。


「で、これはなんなのだ?」

大臣は昼食として1軒の飲食店に入っていた。

「これは、魔境の水棲モンスターです。兵士たちの間ではランスフィッシュと呼ばれています」

大臣が昼食に珍しい食べ物を、との要望で、この魚屋に来ていた。

「店主よ、これは一般的なものなのかね?」

「いえ、一般的では無いねぇ。ワシが現役の兵士だった頃に、魔境の中で川を見付けましてね?そこにいるんですよ。給水場としている場所で、騒ぐと水面から突っ込んでくるんで危ないんですが、慣れれば真っ直ぐ飛ぶだけですから、適当な木を持って構えれば簡単に捕まえられるんですよ。腐るのが早いもんで会計部では値が付きませんが、食ってみたら意外と美味いんですよ。引退してからは現役の兵士が持ち込むのを処理して食わせる感じでして」

スイール王国には、海も川も存在しない。

川とは呼べない程の、小川か下水路だけだ。

海に接している場所もあるが、崖になっている為、漁は勿論、海上交易も無い。

生活の基本は井戸水なのだ。

魚、と言う物が存在することは知られているが、それを食べる文化は無い。

「それを焼いたものか……美味いな」

美味いが、どんなに丁寧に処理しても、このミラード領から早馬で出る頃には腐ってしまう。

一時期はその珍しさに旅行者も居たが、基本的に兵士の気まぐれ持ち込みの為、旅行者が口にすることはほぼ無い。

大臣が口にしているのは、昨日の夜の残り物だが、大臣が来なくともこれは干物になる予定の一夜干しだ。

高級料理にも思われるが、実際は魚好きな兵士が気まぐれで獲ってくること、その魚好きな兵士しか来ないことから、飲食店としては一番儲かっていない店である。

しかし、店主は残り物を干物にすると言うことを発見し、自分で堪能している為、営業は続いている。

この高級料理は、ほぼ引退兵士の道楽商売である。


昼食を食べ終え、再び街を歩いた大臣は、男爵邸へと戻ってきた。

大臣は多くの疑問とその回答があり、頷くばかりだったが、1つの疑問だけが残っていた。

「しかし何故、補助金申請をしないのだ?」

「え、そうですねぇ。言ってしまえば、言い出したらキリがない、と言うべきでしょうか」

開拓都市には国から助成金が出る。

開拓都市には魔境防衛の任が有る為、領内収益の税徴収は認められているが、国から開拓都市領へ税が掛けられる事は無い。

多くの開拓都市は城壁修繕や、都市運営のひっ迫から助成金の申請がある。

その為に、領主自ら国へ助成の申請と嘆願に来る者もいる。

しかし、ミラード開拓都市は過去一度も助成金を受け取っていない。

監督官が開拓都市に自ら赴くことも稀であり、基本的には王都で事務作業を行い、合間に面会をする程度なのだ。

ジブは金銭を受け取ったことは無いが、偏屈貴族を見せる為に試行錯誤し、その結果として数人の人材派遣を願ったことがあるだけだ。

大臣としては、ジブの言う、言い出したらキリがない、には確かに納得できたが、だから要らない、と言う回答には未だ悩まされている。

貴族としては非常に有用な人間であることは間違いないが、他の開拓都市を任ぜられた貴族と比較してしまうとどうしても悩んでしまうのだ。

それは、男爵家だけが開拓都市を任ぜられている訳では無く、歴史が古く増築して大きくなっている開拓都市は伯爵家だったりもするからだ。

その伯爵家も助成金を受けていたりする。


これならば、ミラード家は男爵位では低すぎないだろうか。

いや、ジブの性格と、この開拓都市の安定からすると、このままの方が良いのかも知れない。

しかし開拓都市を非常に効率的に運用する手腕を考えると、話も変わってくる。


「貴族位とは一体……」

王都に向かう馬車の中で男爵は悩むのであった。

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