6 貴族は必要? その1
開拓都市長の三男、ロイは最近散歩をしていない。
訓練場で木剣ではなく、金属の剣を振り、剣術を自己練習している。
9歳の誕生日プレゼント。
ロイは去年同様に、希望できるモノだと、勝手に思い込んでいた。
その実、プレゼントは今ロイが振るう剣だった。
「我が家は武と民の信頼を得ることによって、今がある。アーサー(長男)もダニエル(次男)もジェネラルで、中級兵と変わらぬ実に優れた武技を得ている。勿論、ロイの頭脳が私よりも優れていることも誰よりも私が知っている。聞こえはせぬが民も思っていることであろう。しかし、最低限度と言うのも必要だ。何も戦場へ赴けと言っている訳ではない。有事には都市の避難壕に戦えぬ者を入れることは知っているだろう?
あ、いや、避難壕を言い出したのはロイだったな。だがしかし、発案者であるからこそ、その扉を守り、背の戦えぬ者を怯えさせない者にならなければ道理が通らぬであろう。来年には、分析の儀もあるのだから」
父親ジブの丁寧な言葉にロイは気付かされた。
毎月の秘密のアレ。
自分のステータスが、知力と幸運しか上がっていないことを思い出したのだ。
ロイ自身、年下の子供に喧嘩でも何でも負けるのは絶対だと気付いた。
別に負けたくない訳ではない。
ジブの言う、戦えない者を怯えさせない、と言うのが刺さったのだ。
実際、避難壕は一度も解放されていないが、食料備蓄庫としては機能している。
ただ有事はいつ来るか分からない。
ミラード開拓都市が有する城壁は、監視弓兵が控えているものの、練習でしか射ることが無い。
そもそも、ミラードの常備兵は防衛戦をあまり想定していない。
開拓都市なのだから、魔境を怯えていてはならない。
モンスターが出るなら、こちらから狩りに行けば良い。
他の開拓都市で起きるスタンピードなるモンスターの大量侵攻などは、起こる前に狩る。
起こったとしても、その数は少ないはず。
でも一応、防衛陣地の構築は維持する。
これがミラード兵の基本である。
その基本が壊される日が明日かもしれない。
もしかしたら、寝ている最中に来るかもしれない。
「父上!今日は訓練場で剣の鍛錬を行いたいと思います!」
だからロイは剣を振るのだ。
しかも今日は特別に気合が入っている。
王都から開拓都市監督官が来ているからだ。
いつも違う監督官だが、今回は何やら偉そうな監督官に見えたのだ。勿論嫌な意味で、逆に挨拶しなかった。
「どうぞ、こちらへ」
ジブは賓客を応接間へと案内していた。
「これはこれは大臣、わが家へようこそ御出で下さいました。あらやだ、お茶の葉を買い忘れておりましたわ。今すぐ一番の茶葉を買って参りますので、しばしお待ちを。旦那様?それまで粗相の御座いませんように」
丁寧だが白々しく失礼なセリフを言う女性、アンナ・ミラード。
ジブの妻であり、ロイの母親だ。
「アンナ、大臣には普通に接するとは言ったではないか」
「あらやだ!大変失礼致しました!既に王都より特級茶葉を用意しておりますので、直ちにお持ち致します!」
大臣は、普通と言う言葉に困惑していた。
普通?
今までここに来た監督官は、偏屈男爵と皆が言っていた。
王都でもミラード開拓都市は異常、と貴族会では有名になっているのだ。
その偏屈と異常とはどんなものなのか。
それを調べに来た監督官は皆バラバラな意味での偏屈を感じ、報告していた。
国王より下賜された剣を愛でるだけ、鞘にすら傷を付けたくないが為に、自らは戦場に出ない偏屈。
(応接室の壁に掛け、埃が被らない程度に掃除するだけ。戦場にも出るし、別の剣を使うのは、血を付けたくないだけで、本当はもっと実用的で良い剣を使い潰している)
王都の高名な画家に描かせたと言う自身や家族の数々の肖像画を自慢する。子供でももっと上手いであろうとしか思えない程の絵であるが、その詐欺レベルの高額な依頼料と、深く感動したと言う名の元に払った馬鹿みたいな追加報酬の額などを自慢する偏屈。
(これはジブが徹夜で如何に酷く下手な物かと、最低限肖像画に見える様に描いた自身の大苦労の成果である。勿論、すぐに捨てる予定だったが、大苦労の成果を捨てるのは気が引けて倉庫に眠らせている。だがその噂を聞いた画商がいた。王都のどの画家も依頼されたことが無いと言う、詐欺の逸品を逆に観てみたくなった者が居るのだ。当然、絵としての価値は感じられなかったが、何枚も観る内に、何に目覚めたのか画商は白金貨を持ち出して来たのだ。ジブは勿論動揺したが、価値の分かる、同じ芸術領域に居る同胞として感動し過ぎて涙も出ないと嘘を言い、無理に無償で譲っている)
自分の功績の秘訣は、お抱えの薬学系高位錬金術師に造らせた極秘のパワーポーションを毎日飲み、全ての兵に飲ませていると言うクソマズな物を自慢する偏屈。
(薬師は居るが、薬学系高位錬金術師等この都市には居ないし、そんな報酬は無駄である。勿論ジブが毎日、如何にクソマズイかを追求した、ある意味精神力を養えそうなただの雑草汁である。ジブは何度も嘔吐などしている為、当日平然と飲んだが、監督官が噴き出した為、慌てて拭き取り、その搾り汁を飲むと言う究極のアピールまでしている。そこまでされてしまったので、謝罪の上持ち帰らせて欲しいと頼まれたが、渋々を装い、少量渡した。結果、研究室で飲んでもなければ、ただ見ていた者、駆け付けた警備員までもが、貰い嘔吐する事件が発生した。ある意味、それは兵器であることをジブは知らない)
酷い惨状しか観たことのない監督官が何故か、防衛陣地が美しく整備されているのを見せらた。実は非常に目の良い弓兵がおり、その弓兵にバリスタを任せたところ凶悪な戦果を挙げ続けていると自慢された。だからこそ今はここで、念の為に整備出来ているとした。当然、紹介自慢もされ、弓兵には見えない巨体と筋肉美を魅せる兵士だが、狙撃の話を聞こうとしただけで、その兵士が自殺未遂を起こし、その事態に狂乱し、追い返すと言う偏屈。
(防衛陣地が美しいのは、当たり前だが、当然柵の角度まで検証する兵士は偽装である。連射したバリスタに至っては前日の討伐部隊が一撃で倒せる様に逆に努力し、そこにバリスタ矢を差し込んだモンスターをただ置いて、当日回収しただけの苦労の賜物である。その弓兵は実の所、最前線の大盾兵として活躍する剛健質実で豪快な男だ。目の良さに関しては2重イカサマもしたし、か細く自分すら見えない病的な臆病者を演じさせた。自殺未遂に関しては当然打ち合わせ通りだが、ナイフを奪われまいとする演技で素が出てしまい、兵の殆どがその対応に追わされ、ジブは本当に動揺した。一喝し、止めたがその止まり方が早過ぎて、慌てて駆け寄り、泣く様に指示し、大声で情けなく喚きながら城外へ走れと命じた。しかし、それには街の通りを通らなくてはならない場所だったため、いつもと違う姿を市民に晒さざるを得ず、大盾兵は忠実に命令を守ってしまい、声の届かない場所でも守っていた。狂乱の追い返し言葉も、大盾兵への屈辱的命令に配慮した内容だった。大盾兵は3日後に城門付近で隠れているところを発見され、納得の特別見舞金を得たのだった)
「申し訳ありませんが、大臣は今までどの様な者として私は報告を受けていたのでしょうか」
凛としたジブの姿と普通の声に大臣は、必死に思い出せる限りを述べた。
「そうですか。もっと大層な演技をしておけば良かったのか……」
「貴様は今まで嘘の報告をしていたと言うのか!?い、いや、今のも嘘なのか?」
「当然、普段は普通であります、あ、いや、男爵としては普通では無いのか?え、しまった、普通とはなんだ?貴族の普通、いや俺平民だしな。あ、いや、俺男爵だ。え、どうゆこと?」
ジブは本当に混乱していた。
「農村出身の平民上がり男爵ジブさん?俺って言ってる今が、普段通りですよ?」
混乱していないのは、静かに追加の茶を淹れるアンナだけだった。
「あれ?俺って言ったか?」
「言いましたよ。ジブ、子供たちの前での一人称は?」
「私」
「文官達の前では?」
「俺」
「市民の前では?」
「私」
「アンナと一緒の時だけは?」
「ハ、いや、大臣がいらっしゃるのだぞ!引っ掛けようとしたな!」
「あら?でも、本当に普段通りですよ?」
「な、ならいい。大臣、お見苦しいところを申し訳御座いません。どうやら私は普通の様です」
無言で悩む大臣。
「では、アンナと言う女と一緒に居る時はどうなのだ?」
「だ、大臣、ご容赦を……」
慈悲を乞い、そわそわするジブ。
しかし、大臣は悩んだ。
「貴様が嘘や演技をしているか分からんからな!ならば大臣として命じてやる、答えを言え!」
実はこの大臣は命じるのを避けるタイプであった。
命令口調に物事を言うが、場合によっては、命じる、と言ったか?と後で追い詰めることによって出世した本物の偏屈貴族である。
その大臣が、理解した上で大臣として命じている。
大臣なりの本気の推し量りである。
「ハ、ハニー、であります」
「正解ですよ大臣♪ちなみに私は、ダーリンと呼んでおります」
「お、おい、そこまで言わなくても」
納得して大臣はお茶を飲む。
「茶番は終えてよい、納得したからな。確かにこの茶もわしが好んで飲む茶だ」
無言で喜びを表現して見せるアンナと、ホッとするジブ。
「国王陛下に命じられてお越しになって下さったのですよね?」
大臣は驚く。
大臣は国王から直面での密命を受けていたからだ。
それまでには様々な暗号があったからこそ、大臣は驚くのだ。
「そのご様子だけで結構です。大臣には本当の普段をこれからお見せしますが、大臣としては今までの報告に問題無いが、その問題を考える位、の事を言ってください。要は適当です」
「大臣?今日は私の父としてどこへでもご案内させて頂きます。私は娘、もしくはアンナで、ジブは、息子?言え、私の父でしたら、愚息ですね」
「え、最初から愚息で行くの?結婚の前はジブと呼んでくれたし、ジブが良いなぁ~」
「好む者には逆にそう言いたい者か、わしもそうだ。気に入った、愚息、と呼ばせてもらおう。アンナの旧家は何だ、その様な者は声を掛けねばならんからな」
「いえ、私は放蕩娘ですので」
「擁護してやろう。大丈夫だ、放蕩娘など沢山おるからな」
「では、擁護しないで結構ですので。ボイグの長女です」
身を振りながら恥ずかしそうに言うアンナ。
「ボイグ?!侯爵ではないか!はっ?!アンナ?その顔を思い出したぞ。近衛騎士隊のアレコレ娘ではないか!」
「はい。現在は捜索を打ち切られた行方不明ですよ。ボイグも捜索報酬を取下げ、今はアレコレするのは息子のロイです。私は組織でしたが、ロイは奴隷目線な街のアレコレまでも網羅しているので、見るのが楽しいですよ」
「纏め!時間が無い。家を出ましょう!」
ジブは強引に大臣を立たせ、背中を押していく。
「この開拓都市には不敬はありませんよ~」
先に扉を開けて行くアンナ。
「えぇい!では貧民区へ、大丈夫だ。臭くても構わん!」
立ち止まるジブとアンナ。しかし、すぐに動くので大臣は背中が痛かった。
「はい、お金を基準に行きまーす」
そんな大臣が着いたのは奴隷商館である。
普通の奴隷商館なので、気になった大臣は難しんだ。