5 奴隷は必要?
開拓都市長の三男、ロイは今日も街を散歩している。
昨日は本屋で他国の生活事情について書かれた冒険者の見聞録を読んだ。
ロイは開拓都市で産まれて、別の都市に行ったことが無いので、興奮収まらず、一気読みしたのだ。
その時間は1分を切りかけたのだ。
読んだ見聞録は稀覯本ではない。
ロイは稀覯本は2週間に1冊読む。と言うルールを自分で決めたのだ。
スキル「速読」「読解」「高速読解」「高速思考」がある為、すぐに読み終わってしまう。
それでは面白くない。
稀覯本の内容を思い出し、反復考察して楽しむ時間を設けているのだ。
そうすることで、書かれている事、内容以上のひらめきを感じることが分かったからだ。
それに、思いのまま読んでは、あっという間に楽しみが無くなってしまうことを危惧していた。
なので最近のロイの日課としては、きちんと家族で朝食を食べる。
午前中は本屋でハタキを使って本棚の埃落としと、床の掃き掃除をする。それが終わってから、何か1冊読む。そして街の市民に挨拶しつつ、街の問題が無いかと散歩をする。昼時は大抵どこかの飲食店の店主がご馳走してくれるので、それを頂く。
最早雨の降る日でも、屋敷でロイの分の昼食が用意されることは無くなった。
午後からは、考えるべき問題を発見した時は、内容に応じて、屋敷の書庫に戻って関連書籍を探すか、役所の資料室に行くかだ。ただ情報が必要でない場合は、思案しつつ街を散歩している。
夕方は家庭教師が来る為、自分の部屋で勉強する、のではなく、家庭教師への質問攻めだ。
時間の終わりには、次に聞きたい内容の概略を伝えて終了となる。
内容によっては、家庭教師ではなく別の人が来てくれることもある。
実際は家庭教師の領域を超えた時、内容に沿った回答が出来るであろう文官に、同行を依頼しているらしい。
相手が相手なので、これは文官達の間では可能な限り協力すると言う暗黙の掟が出来上がっている。
夕食の時は父親のジブが居ない時もあるが、それでもきちんと家族と食べる。
後は、稀覯本の反復考察の時間だ。
眠くなったら、寝る。
これが基本だ。
定期的に午後の考察の時間が、剣術訓練になることもある。
明日が剣術訓練の予定なので、ロイはその事実から逃れるように、今と言う時間を大切にして思案しながら散歩している。
「あ、ロイ様。ご主人様が会いたいと仰せでしたので、呼びに行っても宜しいでしょうか?」
宿屋の前で、掃き掃除をしていた青年に声を掛けられる。
宿屋で働く奴隷の青年だ。
「いいですよ」
ロイは歩くのを止め、宿屋の前に多数置かれた細長い木箱を屈んで眺める。
何かの花の蕾があるのを、ロイは微笑ましく見る。
そして奴隷のことを思い出す。
この街には奴隷商館が2つ存在する。
普通の奴隷商館と戦闘奴隷商館だ。
戦闘奴隷商館は基本的に常備兵の予備で、有事の際の兵站要員であり、一部前線戦闘部隊も存在する。
ロイの父親ジブは、奴隷が嫌いだ。
いや、言い方がおかしい、奴隷制度が嫌いなのだ。
ジブ自身が農村出身なのもあり、子供の頃、不作で子供を奴隷として売る家庭を見て来たからだ。
当然、親に売られることを納得している子供も見たが、泣く子供の姿も見ている。
ジブは売られない為に必死に家の畑を耕したのだ。
兵士になってから、奴隷の扱いについて現実を思い知らされる。
厳しい仕事を休みなく、無慈悲に命令する買主。不満を述べる余裕すら無くそれに従う奴隷。倒れれば鞭で叩かれる。
勿論、最初は犯罪奴隷はそうなっても仕方ない、とは思っていた。
でも、ただの借金奴隷にまで、その様な扱いをする買主が居ることに、怒りを感じていた。
それは魔境近くの戦場でも感じていた。
モンスターの突撃を阻止すべく、ただ長槍を持たされただけの状態で送り込まれ、土壇場で逃げ出す奴隷も見てきた。
奴隷を買い上げた貴族にも文句が言いたかった。
何故、自分たち兵士同様に戦闘訓練をさせないのか。
最低限でも戦闘訓練をしていれば、もっと楽に戦えたはずだ。
今のままでは、ただの不安要素しかないただの肉壁だ。柵に槍を固定しているのと大差がない。
それならば、と戦場でジブはいつも勝手に奴隷兵に指示を出し、逆に自分が突撃できる陣形を組んでいた。
当時の上官は勝手なジブに注意はしていたが、確実な戦果と、生存率を上げている為、小言を言われる程度だった。
実際、ジブの仕えた貴族家は奴隷商と癒着していた。
国王にまでその功績が知れた時、ジブは謁見の機会が与えられ、その功績の秘を国王が興味本位で発言を許した時、自分の功績は如何に奴隷を無駄にして来た実情から、ただ奴隷に指示をして得られた簡単でチョロい功績だと言い切った。
この発言に国の中枢は破壊された。
軍務大臣と奴隷法を管理する各所の貴族は勿論、戦場に奴隷を投入する貴族らは、大激怒だった。
しかし、当時の国王と現国王である当時の第一王子は違った。
国王はすぐさま教会のトップを呼び出し、「祝福」を行わせたのだ。
そこで初めて明かされるのだ。
教会も貴族が最も恐れていた事態。
ジブの職業が「将軍」だと言うことが、国王に告げられ、その事実を知ったジブは、不遜の塊のような声で叫んだのだ。
「俺は農村の平民だ!」
その言葉に国王は直ぐに反応した。
「今後は祝福の儀を全国民を対象にしろ。結果は既に出ている。その結果を示した功績として、その者に男爵位を与える」
軍務大臣は何も言えなかった。自分よりも上位の職業だったからだ。
法務大臣も何も言えず、慌てふためき、その場で叙爵式の指示をしてしまった。
唯一、教会のトップが苦言を呈したが、言っている自分でも理論が成立していないことを理解出来る程度のものだった。
翌日、国王の演説が急遽行われ、叙爵の理由を語り、今後の教会の「祝福」の儀が全国民に対象になることを告げた。
国民は勿論、歓声を上げた。
当然、国外にある教会本部も苦言を呈しようとしたが、平民がいきなり上級の職業スキルが発現した事実は覆せないと判断し、認めざるを得なかったのは遠いお話。
そしてジブの仕える貴族家当主は、その場で公開処刑を言い渡され、首を落とされたのだ。
そして処刑された貴族家は取り潰しの上、財産は全て国庫へ没収とし、同額をジブに与えると宣言した。
2日後、国王は公開儀式を行った。
ジブにミラードの姓を与え、ミラード開拓都市の開発を、担当大臣ではなく、国王自らの王命として言い渡した。
そして、白金貨の詰め込まれた荷車を、国王自らが牽き、ジブに膝ませること無く渡す、と言う行動に出たのだ。
更にこの資金を持って王都で必要物資を買い集める様に告げ、商人には寛大な価格提供を求め、頭を下げた。
これは宰相にだけ伝えられた強引な演出だった。
この演出の背景には、国王と王子の予想、ジブへの敵愾心等を貴族たちから遠ざける為の考えがあった。
その為、軍務大臣にはその場で、別の王命として、軍務大臣肝入りの第一騎士団に指定地域までの護衛とジブ自身が決める開発完了予想の1か月前までの周辺警備を言い渡し、更にジブの身に何かあった場合は、軍務大臣の責とした。
究極の釘刺しである。
ジブがまず最初に行ったのは、取り潰された貴族家に買われていた奴隷の解放だった。
所有権は国に移っているが、それを買い戻した上で、奴隷全員に支度金を渡した。
そして仕える主を失った、当時の上官を含めた兵士全員も集め、ジブは公然で土下座の謝罪をしたのだ。
その上で開拓都市建設の協力を願い出た。
これは今現在のミラード開拓都市初期の自由賛同した市民も知っている、言わば常識となっている。
国の奴隷法は未だに改定作業中だが、ミラード開発都市領法では、初期から奴隷取扱法が策定された。
通称、ミラード法である。
・領内に置ける奴隷商は奴隷の所有権を有さず、全て領主が有するものとする。
・奴隷商は奴隷の管理監督派遣のみとし、その派遣料のみを商税免除とする。
・奴隷商は奴隷の買取は監査室の承認を得なければならないものとする。
・犯罪奴隷は開発都市の維持を妨げる者とし、速やかに王都の奴隷商へ売却することとする。
・犯罪奴隷の売却利益は、その売却利益の倍額を追徴税とする。
・犯罪奴隷を騙る奴隷・平民・貴族に関わらず、重犯罪として処刑するものとする。
・奴隷商は派遣料の60%を奴隷の個人資産として与えなければならないものとする。
・奴隷商は派遣する奴隷は10歳以上にしなければならないものとする。
・奴隷商は派遣用途を明確化する為、奴隷の能力と意思に基づいて訓練・教育する義務を有する。
・奴隷の派遣を受けたい者は明確な派遣要望を記述し、監査室の承認を得なければならない。
・承認された者の派遣奴隷の選定は自由とするが、奴隷には拒否権を与えるものとする。
・派遣は半年を上限とし、継続の希望は奴隷個人での監査官による個人面談により決する。
・派遣された奴隷の労働は国定総合労働法に準ずるものとする。
・奴隷への加害は、一般国民保護法に準ずるものとする。
・奴隷への加害刑罰は国定刑法の倍とする。
当初、これらを認めた奴隷商は皆無だったが、内容の意図を理解した数少ない奴隷商の見習いが、今の奴隷商館と戦闘奴隷商館の主2人である。
当然見習いが気付いた法であり、それを理解した貧民は自由意志でミラード開発都市に売られに歩いた。中には親戚一同と言う一行も居たと言われている。
今では当時の奴隷法に無かった付随条項まであり、法の数も月々に改定、新設されており、ミラード法律師と言う資格まで存在する。
当然だが、奴隷商館の新設は不可とされており、両奴隷商館従業員は大半がミラード法律師の資格を有しており、再来年には無資格者は雇用してはならないと言う領法も存在する。
新規参入が出来ない為、ある種の既得権益だと、奴隷商館組合は声を上げるが、
「非常に有益な既得権益であると確認している」
と、この定型文の回答のみを都度発し続けている。
「これはこれはロイ様、ご覧頂いてお分かりとは思いますが、もうすぐ咲くのではないかと、近隣の住民も愛でてくれているのですよ」
「それは、何よりですね。それよりも、2段式もありますし、壁掛けもあるんですね」
「いやはや、ロイ様の最初の提案頂いた内容から、器用に組み上げたんですよ。いやはや、内装修繕のみを期待しておりましたが、大工経験のある奴隷は非常に良いですな」
以前宿屋の店主に外観のイメージが古く、質の悪い宿屋と見られないかと、心配する声を聞いたのだ。
そこでロイは日曜大工経験のある従業員はいないのか、と聞いた。
答えとしては、しっかりとした大工経験のある奴隷がおり、今は主に内装修繕に当たらせていると言うのだ。
ならば、外壁工事は出来なくとも、足場を組み、外壁清掃してはどうかと提案していた。
当然、内装修繕よりも多くの材料を購入しなければならない。
ロイは追加で、先に買い溜めるだけであり、ロイ自身が足場図面を製図し、それを組み立てて作業し、解体すれば内装の修繕にも使える。どうしても使えない端材で箱を作り、農地の土を入れて花を植えて、通行人の目を上から下に逸らしてみてはどうかと提案していた。
それならば、と宿屋の店主は実行し、清掃作業中に雨が降ることも無く、外観は綺麗になった。通行人の視線も当初は綺麗になった外観に向いていたが、これはいつ芽吹くのかと、目線は徐々に下がった。
2段式や壁掛けがあることから、視線は下がり過ぎず、自然と宿の中を伺える窓目線になっている。
当然、足場の材料は綺麗に解体出来た。
ロイは想定を超えた箱の形状や、仕組みがそもそもの想定以上であり、感心していた。
「しかし、問題も御座いまして……」
溜息を吐く宿屋の店主。
「え?何か別の問題が?」
「来週が彼の派遣期限でして……これならばもっと早くロイ様に彼の価値を教えて頂きたかったです!」
「ははは……それは、どうすることも出来ませんね……ごめんなさい!あ、ちゃんと実績報告は書いて下さいね?」
苦笑いするしかないロイである。
「この実績報告を正直にすると、そのぉ、ねぇ?」
もの言いたげな顔をしてくる宿屋の店主。
「いやいや、最低限でも書かないと、後から監査官の心証が悪くなって、承認が取り難くなる方が大変ですよ?」
「は、はい。確かに。派遣の値段が上がるよりはマシですよね……」
「ですです!」
そんな話をするロイは、ミラード法律師の最年少合格者なのだ。
今では監査室ではなく、監査局である局長はミラード法律師試験の度に呟いている。
「ロイ様の記録を塗り替えるのは、100%不可能だな。私も引っ掛け問題に掛かったし」
そんなミラード法律師の毎回の試験問題を作っているのはロイだったりするのだが、優秀な頭脳を持ってして試験に挑む者もいることから、自尊心保護の観点から極秘事項となっている。
ちなみに、第1回試験からの合格率は20%である。
月々にミラード法は改定・新設が有る為、試験範囲が広がるのは仕方が無い。
以前から同様に想定合格率を維持する試験内容となっているが、受験者数は減ってしまっている。
厳しい話だが、王都で毎年実施される司法試験の合格率と同じなのだ。
実際、国定法全体を網羅する司法試験と、ただの領法の部分法域試験が同じ難易度と言うのは、問題がある!と声高々と言えるのは、法曹界にもかなり限られた人間だけだ。
しかもその問題提起は、実際只の自慢である。
当のロイはそんなことも知らず、もうすぐ来る9歳の誕生日プレゼントを先行して思案するのだった。