4 誕生日プレゼントの事件
今日のロイは上機嫌だった。
昨日8歳の誕生日に父親から、
「ロイの誕生日プレゼントは、毎回満足していないようなので、欲しい物を言いなさい。可能な範囲であれば用意してあげよう」
と、言われたからだ。
ロイは正直なところ、誕生日プレゼントに不満を持っていた。
出生祝いには、貴族の定番である、家紋が入った短剣だった。
これは、儀式の様な物なので、今は納得できている。
1歳の誕生日は、ネックレスだ。
男にネックレスを渡すのは、市民にとってみれば不可解ではあるが、貴族ではそうでもない。
そのネックレスには宝石が埋め込まれており、「毒耐性2」のスキルが付与された物なのだ。
しかし、貴族社会においては、スキルレベルが低いのは仕方が無い。
何せ、国は周辺諸国からすれば、貧国であり、父親のジブ・ミラードも貴族と言っても男爵。下級貴族だ。いくら戦場貴族として名が通っていても、開拓都市と言う名の領地は持っているが、税を緩和していることもあり、市民より少し裕福。開拓都市に出店してきた大商会の、左遷支店長と同程度だ。
2歳の誕生日は、ジブ自身の戦場姿を模して造られた彫像だった。
ジブ的には、自分の様になって貰いたいと言う願いから、兄2人も同様の物を持っている。
しかし、3人とも今となってはその彫像をどこにやったか忘れている。
3歳の誕生日は、単眼鏡だった。
いずれは戦場を見学する日が来る、とのことで、早い内に慣れておくこととして。
やはり兄2人も同様の物を持っているが、彫像と違い、兄2人はちゃんと置いている。
ロイに関しては街を出歩けなかった頃こそ、街を眺めるのに使っていたが、今となっては行方知れずだ。
4歳の誕生日は、子供用の木剣だった。
これはさすがのロイも紛失も行方不明にもしていない。
ジブの休みの日、常備軍の剣術教官との訓練日以外は、ベッドの下の眠っている。
5歳の誕生日は、本だった。
その頃既に屋敷の書庫の本を読み始めていたので、興奮した。
が、その本のタイトルは、
「ジブ・ミラード戦記」だった。
一部の子供には垂涎の品だが、ジブは普段から過去を語っていたので、その本は最早、ロイの話の要約本だったのだ。
当然、ロイは落胆した。
一応は読んだが、ジブの話との相違点があり、一時期は相違部分を質問攻めしたこともあった。
6歳の誕生日は、また本だった。
しかし今度は図鑑だった。
一瞬は興奮し、本を開くが、ロイは既に貯めたお小遣いで買った物のと同じであることに気付き、一気に冷めたのだ。
当然、それは翌日ロイが本屋に売却したのだった。
ジブはロイの部屋を訪れた際、使い込まれた状態を見て、感激したが、経年劣化が明らかにおかしいことから、ロイから聞き出した真実に呆然とした。
「既に書き込みをしていたので、売れる方を処分しました」
と言う、理由にジブは項垂れた。
7歳の誕生日は、またまた本だった。
ジブも屋敷の書庫、ロイの部屋の本棚、街の本屋からロイが買っていない本を確認した上で購入した逸品だった。
しかし、ロイはその本を既に暗記していた。
高額な為、大人でも買うのを躊躇う物なので、ロイは本屋で立ち読みして暗記たのだった。
本屋的には開拓都市長の息子の立ち読みを咎めることが出来なかったし、ジブにも立ち読みしていた本だとは言い忘れていたのだ。
さすがのロイも去年の項垂れた父親の姿を憐れんで、喜んだフリをした。
だが、ロイは嘘が下手だったのは仕方のないことだ。
ジブも善意な嘘を言う出来た息子を、半分喜んだのだった。
これらが有っての8歳の誕生日プレゼントである。
父親としては最大限の配慮をした形だ。
しかし、ロイの欲しい物は予想を超えるモノだった。
「稀覯本が読みたい」
稀覯本とは、スキル教本や魔法教本、魔法使いの論文等の、世間に流布することが稀な本のことだ。
男爵でなくとも上級貴族でも手に入れるのが難しい物なのだ。
本屋は基本的に儲からない。
本自体が高価であることと、国民の識字率の低さから、基本的に本屋は引退した下級文官が現役の際に写本した物を扱う小遣い稼ぎ程度に存在するものなのだ。
しかしロイは知っていた。
この街の本屋はかなり癖が強いことを。
税が低く、経済流通も悪くないミラード開拓都市に来て本屋を開いた男は、普通の男では無かった。
王都にある国立図書管理館の司書だった男なのだ。
司書は文官よりも専門性を求められる上位職である。
それも質の悪いことに、その男は先を見据えて、売却用に写本していたのだ。
司書が写本することは禁じられているし、そんな時間の掛かることは出来ないはずなのだが、その男は業務時間中に写本していた、ある意味猛者である。
調子に乗って稀覯本の写本もしていた猛者は、数年後に事が発覚し、写本を馬車満載にして逃亡することとなる。
そして流れ着いた逃亡先がミラード開拓都市だったのだ。
ロイは本屋の店主が犯罪逃亡犯とまでは知らないものの、不自然な本屋の内装から、稀覯本の存在を疑っていたのだ。
「稀覯本を扱う本屋などどこの開拓都市にも無いはずだ。有ったとしても、買うのはさすがに無理だ」
ジブの言葉は一般論だった。
「いいえ父上。この街の本屋には必ず稀覯本が存在します。そして何より、買って欲しいのではありません。店主に閲覧出来るように頼んで欲しいのです!」
そして、今日、上機嫌のロイはジブと共に街の本屋に向かって歩いていた。
勿論、市民はジブの顔を知っているが、気軽に街を散策する存在では無いので、地味なジャケットと帽子を深々と被り変装していた。
「父上、ここです」
「うむ、確かに私もこの本屋は利用したことがある。しかし、稀覯本を扱うような店には見えんが」
「ではまず、この本屋の外観から見て頂きましょう」
ロイはジブと共に本屋の建物を1周した。
「築城時代の物で特に改築などはされていない様だが?」
「そうですね。では店に入りましょう。中ではお静かに」
ロイとジブは店の中に入る。
店内の左右の壁には本棚が敷き詰められており、真ん中には背中合わせの本棚が並んでいる。
奥には店内を見渡せる位置に店主台があり、脇にはお勧め本やら、新刊本が並んでいる。
店主台の後ろには階段が見える。2階は居住スペースだろう。
それだけだ。
「ロイ、やはり普通の本屋ではないか?」
「父上、気付きませんか?妙に狭くありませんか?」
「それは、これ程本棚を敷き詰めれば狭くも感じよう」
「では、外観と店内を比較してください。本棚抜きで」
考えるジブ。
確かに外観よりも店の奥行きが狭い気がすることに気付く。
しかし、石造りの建物では階段は最奥になるはずなので、その狭さの気付きが薄れる。
「錯覚ではないか?」
ジブの回答に溜息を漏らすロイ。
そして階段を指さす。
「何故、階段は全て木製なのでしょう?」
普通、石造りの2階建ての階段は、補強を考えて外壁と繋げて石造りになるはず。
そして階段下と呼ばれる場所を小さい倉庫を作ることが出来る。
だが、この店の階段は木製で階段下が丸見えで、そこは金庫場の様な机が置かれているのが、丸見えだ。
そして階段の奥の壁は外壁とは違うことにも気付く。
石造りではなく、レンガ造りだった。
「もしや……」
ジブが気付き、普通の声量を出したところ。
店主台から男の頭が出て来た。店主だ。
「おや?ロイ様ではありませんか。お連れは使用人さんですか?今日は購入で?」
笑顔になる店主。
「地下室があるのですか?」
「えぇ、ありますよ。1階は店舗ですが、2階はあっしが暮らしておりますが、買い溜めする性分なもので、2階に置ききれない物を保管する為に地下室を自作したんですよ。狭いですけどね」
そう言って完全に立ち上がった店主は穀物が入っているであろう麻袋を肩に担いでいた。
店主は麻袋を店主台に置き、再び屈む。
その姿をロイは覗き込んだ。
確かに狭そうな素人造りの地下室が見えた。
店主は重厚な木蓋をスライドさせ、地下室を閉じる。
これなら乗っても壊れはしないだろう。
「それでロイ様、今日はどんな本をお探しで?」
ロイは単刀直入に答えた。
「稀覯本を見に来ました」
ロイのハッキリとした言葉に、一瞬固まる店主。
「あっしみたいな本屋で稀覯本なんて扱えませんよ~。それに稀覯本なんてものは、鍵付きの鉄格子戸棚に置くものですよ?」
「では、そのレンガの向こう側に鍵付きの鉄格子戸棚があるというのかね?」
帽子を取るジブ。
店主は当然ジブの顔を知っている。
「だ、男爵様?!」
「どうなのかね?」
「そ、そう言えば、去年ロイ様の誕生日プレゼントで本をお探しでしたねぇ。今年はロイ様自身にお選び頂く方式ですか?」
「そうだな。どうやらロイの目的のモノが、レンガ壁の向こうにあるようなのだ。さぁ、どうなのだ?」
明らかに動揺し、焦る店主。
「いえ、まぁ~、その、ですね?」
「壁の向こうがあるのかね?無いのかね?」
店主台越しに詰め寄るジブ。
観念したように溜息を吐く店主。
「……あります。これは趣味と言いましょうか、道楽と言われても仕方ないことなのですが、売り物ではないのですが……」
店主は店主台から麻袋を下ろし、台を上げる。
そしてレンガ壁の一部を引っ張る。
木製の扉に薄いレンガが貼り付けられた偽装扉だった。
「ご覧になられます?他人様に見せて悦に浸る趣味はありませんが……」
頷くジブは偽装扉の奥へと入って行く。
ロイも後に続く。
そこで2人が目にしたのは、奥の壁一面全てが鍵付きの格子戸棚で埋められた空間だった。
100冊は収められているであろうその光景に、今度は2人が固まった。
「魔法教本もあるようだが、これは全て写本なのかね?」
「え、まぁ、写本もありますが、要約本と言いますか、ですね。いえ、実はあっしの実家は王都にある本屋でしてね、学校区に近くてですね、学校に通える人達が羨ましくてですね、いやその、本屋は裕福ではありませんからでして、学は無い癖、通いたい気がありまして。その~、金に困った学生が持ち込んだ写本やら手書きやらを、親に内緒で買い取ってたんですよ。それで学が無いなりに、本を眺めて楽しんでいたといいましょうか、なんというか」
勿論、即興の嘘である。
この店主は、子爵家の次男で、上級学校も卒業している。
王都にあるような本屋はしっかりしており、写本と要約本の見分けは付けられるし、それらの適正買取価格もきちんと設定してある。当然、本屋の息子がそんな見分けを出来るはずもなく、内緒で買取るにしても値段が高すぎる。そんな小遣いを貰える身分なら、学校にも当然通わせられる家庭身分になる。
それにこの数である。店の金をチョロまかすレベルを凌駕している。
盛大な大嘘ではあるが、ジブの出自は農村の平民身分からなので、学校に通ったことが無い。
兵士時代になって、やっと自分の名前が書けるようになったレベルだし、最初は貰った給金で買い物の金銭のやり取りも四苦八苦していた。
まともに勉強したのは、男爵になってからだ。
公文書のやり取りで周りに馬鹿にされない様に必死になって夜中に勉強したほどだ。
今となっても、ジブは市民の教育事情などよく理解していない。
息子たちの座学は妻に完全に任せている。
それでも家庭教師が出入りしていることを知っている程度だ。
ジブ自身がするのは剣術訓練のみだ。
そんなジブだからこそ、こんな言葉が出るのだ。
「店主は苦労したのだなぁ。いやしかし、これが噂に聞く好事家の部屋か。私には分からんが、他人に見せずに楽しむ空間を無理に邪魔してしまったな。申し訳ない」
「いえいえ、頭をお上げください!こんな隠すような真似をしているのですから、変に疑われても仕方無いことは覚悟の上ですので!」
頭を下げるジブに慌てる店主。当然、疑われる覚悟が無いから、巧妙に隠しているのだが。
「店主、大変申し上げにくいのだが、息子にこれらを閲覧させてやってはくれないだろうか。勿論、汚損や破損の場合には相応の金額を賠償させて頂く。まぁ、その、金額によっては分割を願うこともあるが」
「そ、それは、その、はい!ロイ様だから特別にお見せ致しましょう!」
写本や要約本であっても稀覯本に価値があることは分かっているので、誠実に願い出るジブの姿に店主は混乱している。
「ありがたい。これで良いか?ロイ」
「はい父上!ありがとうございます!」
大人事情までは理解していないロイは喜んでいる。
「良かった、良かった。しかしロイよ、これからはこの店主に礼をするのだぞ?礼?そうだ店主よ、図書館のような入館料と言うのか?閲覧に毎月で銀貨いくらかを支払おう」
「え?毎月?」
定期収入の出現に反応してしまう店主だが、
「い、いえ。その様なものは頂けません!読むだけなのですし、そう言うのでお金を頂くわけには、あ、そうだ!何よりもですね、この事は他言無用にお願い致します。万が一、この存在がバレて情報が流れた日に、好事家(取り締まり)が来られては困ります。見せて悦に浸りたくも無ければ、寧ろ、看破されたロイ様や男爵様以外には知られたくないのです!どうぞ、2人だけの秘密にして頂きたいのです!」
嘘だが、隠したいのは事実なので、必死になる店主。
「確かに、趣味を暴いてしまい、申し訳なく思う。そしてその趣味を他の者に荒らされたくないのも理解した。だが、責めて息子には掃除などの雑用をさせてやってくれ」
「そ、そうですね。基本汚れることはありませんが、本棚の埃を叩いて頂く程度は……」
と言う流れで、店主が店番出来る時に限り、ロイの稀覯本閲覧が叶ったのだった。
店主からはロイだけに、隠し場所の鍵と、更にそれの隠し場所と戸棚の鍵の開け方が教えられた。
ジブは店主に名を尋ねたが、本屋の店主、と呼ばれたいと、偽名すら隠した。
勿論、ジブなら簡単に調べられるが、役所仕事の隙を突いて偽名登録された店主の名前は最早公式となっている。
出回っている手配書に似顔絵が無いことと、手配罪状が「窃盗罪」ではなく、「情報漏洩罪」と言うことから、ジブが店主の真の素性を知ることは無いのだった。
「秘密の暗号、変えなくちゃな。はぁ~」
一難去った「闇の写本屋」は、深いため息を吐き、今後の営業について再検討するのだった。