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11 出立

「おい、これなんだ?」

魔境侵攻部隊が帰投した際、城壁の外に小さな荷車が置かれていた。

『日々の糧なるモンスター供養儀式在中』

「ん?この荷車、教会の紋章もあるぞ」

「モンスター供養か。まぁ、確かに飯のタネだしな。教会行事の一環だろう。俺らが勝手に触ったら天罰が来るかもな。そのままにしておけ」


その日の早めの夕食時、ミラード一家は静かなものだった。

ジブは住み込みの世話係を下がらせ、家族のみの食事とした。

「さて、ロイよ。開拓を命じた件だが、必要物資が集まった。荷は南城門の外、城壁の側にある。行先はこの都市より北だ。詳細を記した地図は荷に入れてある」

「部屋の荷物は持って行っても宜しいでしょうか」

「無論構わない」

ジブとロイ以外は何も話さず、黙々と食事を進めている。

「荷車には容量もある、無駄に持って行くと重くなるから気を付けなさい」

「出立はいつになるのでしょうか」

「今日の深夜にしなさい。市民に気付かれては、こっそり後をつけられるかも知れないからな。早めに準備を済ませ、時間まで休みなさい」


自分の部屋に戻ったロイは、必要最低限の下着や服をリュックに詰め込み始める。

本棚に目を向ける。

内容は頭に入っているが、持って行きたい気もする、でも重い。

本は諦めることにする。

一通り荷を纏め終えると、風呂に入り、早々にベッドに潜り込む。

時間としては5時間は眠れるだろう。

緊張から眠れそうには無いが、目を閉じ、身体の力を抜き、安静にし、呼吸を整える。

うっすらと眠気が来た。


ふと目が覚め、窓の外を見る。

月の位置からして、4時間は眠られただろう。

ジブは着替えを済ませ、リュックを背負う。

静かに扉を開け、廊下を忍び足で歩く。

ロイの部屋は2階で、1階には住み込みの世話係がいる。

ロイは玄関ではなく、掃除道具置き場の部屋に入る。

そっと窓を開け、そこから屋敷を抜け出す。

玄関の扉には鈴が付いているから使えない。

厨房裏の勝手口には鶏小屋があり、それを見守る番犬もいるから使えない。

静かに部屋の窓を閉じる。

外に出てしまえば、後は街を知り尽くしたロイならば簡単に人目の付かないルートで城門へ向かうのは容易いことだ。

「う~ん、どうしよう」

幸いなことに城門の通用口は半開きになっている。

だが、夜警の兵士がいる。

ロイは思い付きで、近くに転がっていた石を、入城手続き所に向かって投げる。

陽動だ。

しかし、ロイの投げた石は屋根を狙ったつもりが、木窓に直撃し、貫通する。

「なんだ今の音は。俺が確認に行く。お前は城壁上の弓兵に知らせろ」

不幸中の幸い。

夜警の兵士は持ち場を離れたからだ。

隙を逃さず、ロイは走った。

重い通用口の扉は無理に開けず、半開きの間を抜ける。

城外に出るとそこには幌付きの荷馬車と馬が一頭いた。

城壁上から真下は死角になっている為、城壁沿いに近付いて行く。

するとそこには1人の少年が立っていた。

年齢としては12、3歳と言ったところだろうか。

少年はロイに気付き、馬車の幌をめくる。

中から顔を出した人にロイは驚く。

「兄上?それに母上も」

アンナ、アーサー、ダニエルだった。

「大きな声は出すなよ、ロイ」

「何をされているのですか」

「何って見送りだよ。それにしても父上は徒歩で行かせるつもりだったとは」

「確かに。でも荷は厳選されたものでしたね」

ダニエルが馬車の幌をまくり上げる。

そこには樽が5つあり、麻袋も積んである。

何故か1人押しの荷車もある。

ロイが鍛錬の際に身に付けていた革鎧も、金属鎧もあった。その他諸々。

「盗んできたのですか?」

「人聞きの悪いことを言うな。これは兵舎備蓄の使えない物ばかりだ。廃棄予定の物だから問題ない」

その割に樽は新しく、樽の刻印は最近押された物にしか見えない。

麻袋も毛羽立つことのない新品の様に見える。

そもそも馬車も新しく感じる。幌においては完全に新品である。

「馬車は交換時期だからな。分解された物を、俺が個人的に頼んで組み直してもらった。それに馬も、戦馬等ではないぞ?引退した戦馬の子供だが、体格としては荷馬向きだな。性格も温厚だし、荷馬はあまり必要無いので連れてきた」

アーサーはそう説明するが、怪しい部分もあるが一応の筋は通っている。

古い馬車は基本的に解体され、使える部分は他の馬車の予備として流用される。

ただ、ロイの目の前にある馬車は、新しい木材で作られた新品にしか見えない。

行商人もあまり使わない幌も新品に見える。

馬も確かに、戦馬ではないかも知れない。この都市では荷馬はあまり使われていない。

兵士の乗馬訓練に使われる程度であり、他に別種の農耕馬が存在するが、これは兵が管理するものでは無い。

アーサーは将軍。かなり強引な論法でこれらを用意したのだろう。

「そしてこの子がお前の従者だ」

ダニエルは先ほどから控えている少年を前に出した。

「この子は戦闘奴隷商館の訓練兵だが、現在父親と喧嘩して家出中だ。さっき見付けた」

「さっき、って。なら何で素性を知ってるんですか」

「さっき聞いた。そうだな、明日にでも捜索願は出るだろう。ただ、今保護すると、捜索願が出ていない以上、拉致になってしまう。さぁ、どうする?」

少年は馬車によじ昇った。

「眠いので、今は保護よりもここで眠りたいと思います」

少年はそのまま幌を閉じた。

「いやいや、これじゃあ僕が拉致したことになるでしょう!」

「何、夜分に開拓に出立するのだ。荷の中に隠れて気付かなかったのだろう。城内捜索は1週間。見付からなければ見舞金が家族と戦闘奴隷商館に渡される」

ミラード開拓都市において、誘拐事件は一度も発生したことが無い。

ダニエルも強引な論法だ。

少年は奴隷。

農家の奴隷であっても城外に出るには派遣先の雇用主同伴のもと、手形が無ければ出入りが出来ない。

戦闘奴隷であっても、成人した者であり、戦闘部隊に編成された者、部隊長同伴でなければ出入り出来ない。それも人数が少ないため、兵士はほぼ全員が顔を覚えている。

市民も基本的に城外は危険とされ、出入りはしない。

数は少ないが商店の荷運びをする行商人が出入りする。彼らも顔は覚えられているし、同行する護衛冒険者もギルドカードを提示しなければならない。

じゃあ少年はどうやって城外に出たのか。

「中々、根性のある少年だ。ちなみに適性はソルジャーだ」

ダニエルの笑顔が全てを封殺する。

「ロイ、私からはこれを」

「母上、これは?」

小さな革袋は、感触からして貨幣が入っているだろう。

そしてもう一つ、巻き結ばれた何かの書類。

「これであなたは自由です。命に背いて他の地に行っても良いのです」

母親アンナの用意した物が一番まともに思われた。

「さぁ、今日は城壁上の弓兵も休みが多い。太陽が昇る前にある城壁から距離を取るんだ」

城壁上の弓兵は交代制で、1人2人休んでも交代順が早まるだけで、休みが多いなど許されないし、弓兵以外が上がることになっている。

本来は無いことが、今日だけ起こっている。

「気を付けて行くんだぞ」

ロイは御者台に乗せられる。

「扱いは分かるな?」

「はい、一応は」

「ロイ、気を付けるのですよ?くれぐれも、身の安全を最優先にするのですよ?」

アンナは必死に涙をこらえる様子で、ロイの手を握る。

「母上、ご安心下さい」

アンナは凛とした表情のロイの顔を見て、手を放す。

ロイは静かに手綱を振る。

馬はそれに反応して歩き始める。

ゆっくりと、スムーズに馬車は牽かれる。

ここは整備されていない道だ。

しばらくすると道があるはず、ロイはミラード開拓都市から離れて行く。

振り返ることは、幌が有る為、見えないし、しない。


ロイは決意の表情を見せていた。

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