【24:50】魔法少女と宇宙人
ぷぷぅ
「どっちがいいですか?」
「じゃあ、チョコ」
彼女は、街頭が薄暗く照らすベンチに存外大人しく座っていた。要望のものを渡し、仕方なくいちご味のアイスのパッケージを開ける。
鼻に抜ける香りと、合成っぽいいちごの甘味。果物は好きだが、果物味の商品は得意ではない。
「あの、暇つぶしというのは何でしょう、えっと……トゥインクル、なにさんでしたっけ?」
「アザミ。アザミでいいから、その名前は忘れて」
小さいスプーンでちまちまとアイスを突いていた少女、アザミさんに睨まれる。
「おじさんの名前は?」
「……多田野と申します」
「ただのおじさん」
ふふっと鼻で笑われ「雅人です」と名乗る。
暫く沈黙が落ちる。生暖かい風。長袖のYシャツを捲った腕がじわじわと暑い。暇つぶしとは何か、という質問に少女が返してくれるまでに、アイスは半分なくなった。
「私、死ぬの」
「……何か悩みでもあるんですか?僕では力になれそうにもないですが、いのちのSOSとか、こころの相談室に電話する勇気がないというなら、」
見守りますよと言う前に「違うって言ってるでしょ!」と怒られる。アザミさんは十分健康に見えるし、じゃあなんだというのか。
「おじさんには、私が自殺しそうに見えるってわけ?」
そういうわけではないと否定する。アイスというのは、なぜこうも喉が渇くのか。自販機に向かい立ち上がって、水を選ぶ。
「アザミさん、何か飲みますか?」
「……コーラがいい」
ガコンと落ちたコーラを手渡してやれば、ありがとうとお礼。態度は良くないが、悪い子ではないのかもしれない。
言いづらそうに口を開いたり、閉じたりする。一度他の話題でも振るべきか。
「そういえば、ププゥさんはどうしました?」
「……あのスクラップにさん付けするなんて、アンタクソ真面目って言われない?」
「真面目なのはいいことですよ」
大人は真面目に生きていくものだ。「どっか行った」とだけ返した彼女は、何か覚悟を決めたのか真っすぐ目を見てくる。
真っ黒な瞳に、街頭の明かりがキラキラと輝く。僕とは違う、強い瞳。
「私、魔法少女なの」
「はい、まぁ。察してましたけど」
「誕生日までに、恋をしないと死ぬの」
「因果関係が見えないんですが」
「そういうものなの!」
カラになったアイスの容器を握りつぶして、簡単に説明してくれる。
ププゥと名乗る正八面体の機械は、いわば宇宙人。アザミさんが消した化け物も、宇宙人。互いに敵対関係にあり、つまり良いのと悪いのだと理解しろと言われた。
「倒す機構とかは、貸してくれるんだけど、エネルギーそのものは自分たちでどうにかしなさいっていうのが、あのスクラップの製作者たちの言い分」
「少年漫画にありそうな設定ですね」
「エネルギー源は、女の子の恋する気持ち」
「……もっと他にあったでしょうに」
何かの犠牲になるなら、いたいけな少女ではなく、僕のような疲れた成人男性であるべきだと心底思う。
「特に人を選ばずに安定して発生して、力が強く継続性があり、軍事的や政治的に解決をしないエネルギーって考えると、まぁ納得しない?」
「したくはないですね」
「私みたいなのは、世界中に何人もいるの。選ばれる条件は、周りに頼れる大人がいない、可愛い子」
少し寂しそうに目を伏せる。耳にかかったショートカットがひと房零れ、影を作る。さっき出会ったばかりの少女の家庭環境に深入りするつもりはない。ないが、良い気持ちはしない。
「18歳になると、魔法少女はおしまい。記憶を消されて普通の人間になるの。私たちのメリットは、不思議な力を日常生活でも使えるってことね。瞬間移動とか、ラクでいいわよ」
「アザミさんが死ぬというのは、それに関係が?」
うん、と言って空を見上げる。曇りの東京の夜空は、星なんて数えるほどしかない。
「恋をするまでは、自分の体のエネルギーを前借りしている状態なんだって。ほとんどの女の子は、早いうちに返済し終わって、悠々自適に魔法少女生活楽しんでるみたい」
「……解決方法はないんですか?」
「なくはないみたいだけど、してくれない」
宇宙規模でやりあっている連中が、小さな地球の1人の女の子の為にシステムを弄ることはないと、そんなようなことを言われた。
前借し続けたエネルギーを返せないから、代わりに命で支払えというのは理不尽すぎる。そう伝えると、鼻で笑われた。
「私が普通に、恋すれば解決する話じゃん。出来ないから死ぬんだけどさ」
おじさん、と澄んだ声が紡ぐ。名乗ったはずなのに、おじさんおじさんと。
「恋って、どうやってするのか知ってる?」
「……扁桃体と大脳皮質がなんとかと、聞いたことはあります」
ハハハ、と乾いた笑い。ダメそうねと言って立ち上がる。
「0時に死ぬと思ってたから、死ぬまでにやりたいこと、今日全部やっちゃったの。親に迷惑かけないように、自分のものとかも全部処分しちゃってさ」
家に帰っても食べるものも着るものもないし、財布もスマホもないのだと続ける。
「何にもないの、私」
僕だって何もないと思っていた。その不安は分かる。いまの彼女は、僕よりもない。
「おじさん家、泊めてよ」
「……ご家族が心配して、警察に届けたりしたら、」
「そういうのじゃないって、分かってるくせに」
猫のような瞳を細めて、自虐的に笑う女の子。何もないくせに、キラキラと輝く生き物。世界を救って、死んでいく少女。
「死んじゃう可哀そうな女の子を目の前にして、明日も明後日も生きる自分の心配?おじさん、モテないでしょ」
的確に心をえぐってくるな、この子。
分かりましたと言って立ち上がる。駅前のドンキが開いているから、洋服やらはそこで。
昼にも食べた蕎麦は置いておいて、彼女の満足する夕飯をデリバリーでもしよう。
あっ、と思って声に出た。
「何よ」
「明日、仕事どうしよう」
呆れた顔をして歩き出した彼女の背を、慌てて追いかけた。
アザミちゃんの苗字は田中さんです