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ララ、ルル、リリ

作者: 順
掲載日:2023/01/31

星が降り注ぐその街は名を流星街といいます。

建物も道も川も全てがキラキラしています。

誰もが羨むその街のはずれには怪物が住んでいました。

キラキラと光る湖に反射した、真っ黒な鱗と強靭な牙、長くて鋭い鉤爪に怪物は涙を流しました。

「なんで僕はみんなと違うんだろう」


怪物はみんなと仲良くなりたくて街へ出てもゴミを投げつけられます。

森にいても動物たちは怪物から逃げて行きます。

怪物は怖くなって、寂しくなって、一人で泣きました。

ボロボロになった傷だらけの身体で、星が降る夜、薄暗い森の中で生まれてきたことを後悔しました。


ある日のことです。

黒い怪物の噂を聞きつけた王様は言いました。

「このすばらしく輝く流星街にそんな薄汚い怪物はいらない」

王様はたくさんの兵を連れて森へその怪物を探しに行きました。


しばらく森の中を進んで、怪物が一人泣いているのを見つけた王様は怪物に向かって矢を放ちました。

矢は怪物の目に命中し、怪物はあまりの痛さに泣き叫びました。

怪物が怒ったと勘違いした王様たちは次々に矢を放ちます。


両目を矢で射抜かれた怪物の世界は真っ暗になりました。程なくして暗い、暗い洞窟に、ひとりぼっちの怪物は閉じ込められてしまいました。

星躔のもと、怪物の世界から光は失われました。

「だれか、だれかたすけて」

ひとりぼっちの怪物は泣きました。

「なんで僕は生まれたの」

怪物は叫びました。

その叫びはある1人の街娘の耳に届きました。

「あなたはだぁれ?」

茂みをかき分けて洞窟に少女は尋ねます。

「...わからない」

目が見えない怪物は敵か味方かもわからない声に震えながら答えます。

「怖がらないで。私はあなたの味方よ」

それでも怪物は震えたまま何も言えませんでした。

「あなたの名前は?」

「...ないんだ」

少し不思議に思いながらも少女は鈴のような声音でフフフと笑ってから「私がつけてあげる」と微笑みました。

鉄格子越しに黒い鱗を撫でて少女は言います。

「ウル」

聞き慣れない名前のはずなのに妙にしっくり来る響きに怪物は首を傾げました。

「今日からあなたの名前はウル」

にっこり微笑んだ太陽のような笑みは怪物には見えません。それでも

「素敵な名前をありがとう。君の声は今までに聞いたどの音よりも優しくて、暖かくなる」

少女の優しさは怪物の暗闇に届いていました。

「僕が怖くないのかい?」

怪物は尋ねました。

「私はあなたが優しいのがわかるの」

怪物の頬に手を当て少女は微笑みます。

「きっと、目が見えていたのなら、君が僕の光だっただろうか」

「目が見えなくても私はあなたの光になれる」

そう言うと少女は歌い出しました。

その歌声は天使の鳴らす鈴の音のようで、透き通っていて真っ暗な怪物の世界に光が差し込んできました。

怪物はまた泣きました。

「あらあら泣き虫ね」

少女は笑います。

「違うんだ。目にゴミが入っただけなんだ」

目元を拭って怪物も笑いました。

「あなたの笑った顔はとても素敵ね」

そう言うと、また少女は歌い出しました。

ララ、ルル、リリ。

ララ、ルル、リリ。

「♪私がいて、あなたがいる。この瞬間のために私たちは生まれてきた」

ララ、ルル、リリ。

ララ、ルル、リリ。

「♪ひとりぼっちにはさせないから」

ララ、ルル、リリ。

ララ、ルル、リリ。

「ウルも歌おう?」

「僕は...」

怪物は自分の低い声が嫌で、歌うのを躊躇いました。

「ウル?」

鉄格子の隙間から伸びた手が怪物の大きな手に重なりました。

ゴォォンと低く重く鐘の音が響きました。夜を知らせる音です。

「いけない、帰らなくちゃ」

「行ってしまうの」

暗い暗い世界に差し込んだ一筋の光。

失うのが怖いのです。

少女は笑って言います。

「ごめんね、ウル。でも大丈夫。また明日会いにくるわ」

暖かいその声にまた怪物はまた涙を流しました。

「全くもう、ウルは」

少女が鉄格子越しに涙を拭います。

「泣かないで。辛くなったら、歌を歌えばいいの。じゃあまたね」

洞窟を去ろうとする背中に怪物は尋ねます。

「君の、名前は」

今日1番の流れ星が落ちました。

「アリア」

星に照らされた少女の頬にある鱗は青白く煌めいていました。

「アリア」

怪物は呟きました。

「アリア」

「フフフ、なぁに?」

「また明日」

「うん、また明日」


それからしばらくの間、アリアは洞窟へ通いました。

出かけることはできないけど、一緒に歌ったり、お話ししたり、アリアが持ってきたお菓子を食べたりして、怪物とアリアは仲良くなりました。

新緑が赤黄に姿を変えて地面に落ち始めた頃。

ふと、怪物は言いました。

「アリア」


「うん?」


「君が僕にとっての光だよ、澄んだ歌声が僕は本当に好きだよ」


アリアは怪物の手を取って頬にある鱗に重ねました。


「アリア?」


涙が頬を伝って怪物の手に溢れました。


ゴォォン。

鐘の音が今この時の終わりを告げます。


「帰らなきゃ」

アリアは寂しそうに、でも微笑みます。

「帰らなきゃ、いけないの?」


「うん。おじさんが、帰ってくるから。外に出てたってバレると叱られちゃうわ」


「なんで、外に出たら...」


「あ、そうだ。ウル、あのね」


「うん?」


「ウルも私にとっての光だよ。だいすき」


そんなことを言うアリアは恥ずかしさで足早に洞窟を後にしました。



ガチャリ

家の扉を開けると中から聞こえてきたのはアリアのおじさんの声だった。

「どこ行ってた」


「あ、ごめんなさい!森にお散歩行ってたの。森なら誰にも会わないかなって...」


呆れた顔をしたおじさんは言いました。


「人に会って辛い思いをするのはお前なんだ」


「うん、わかってるよ」


不憫なアリアを見たおじさんは罰が悪そうに頭をポリポリとかきながら付け加えました。


「まぁ、あれだ、明日は沢山の星が降るらしい。顔の鱗を流してくれと祈ればいい。気休めにでもなるだろう」




今日は大流星予報が出ている日です。

心なしか街の人々は嬉しそうで、アリアもその1人でした。

青い風呂敷にフルーツを包んで辺りを見渡して人がいないのを確認してから家を出ました。


小走りに洞窟を目指します。

最初は迷い込んだ森で声を頼りに辿り着いた洞窟でした。

道を間違えたり、足を滑らしたり、真っ直ぐには通えなかった洞窟です。

今はもう、道を間違えません。

足を滑らしそうな危険な場所は把握済みで、実っている木の実の食べ頃だってわかります。


「おはよう、ウル!」

いつもと変わらず、洞窟の中で大きな両翼で身体を包み込んで丸まっている怪物が動きました。

「おはよう、なんだか嬉しそうだね、アリア」


「うん、今日は、大流星の日だからね。これからもウルと一緒にいれますようにって」


「大流星...」


「星が、沢山降るの。とても、とても綺麗。ウルにも見せてあげたいわ。でも危険だから出ちゃだめ。私ももう帰らないとなの。これだけ渡しに来たのよ」


そう言って包を渡しました。


「ちょっと生地がゴワゴワしてるでしょ。手触り楽しめるかなって」


ウルは大きな両手で包を触って、「本当だ、ゴワゴワしている」と笑いました。


「今日は早いけどまた明日。絶対会いに行くわ」


微笑んだアリアは走ってお家へ向かいました。

家に着いて程なくしておじさんも帰ってきました。


「お帰りなさい。早いのね」


「まぁ、そりゃあな。お前がこれ以上、異形にならないためにも」


「普通になれる保証もないのに閉じ込めてばかりじゃ私の世界も縮まるわ。それに、いいの。今はあんまり嫌いじゃない」


そう言ってアリアは愛おしそうにそっと頬に触れ喜びを洩らしました。


「...そんなにこの世界は綺麗じゃない」


おじさんはつぶやきました。




いよいよ皆が待ち侘びる夜が来ました。

それはとても壮観で、煌びやかで、夜なのにとても明るくて、誰もが見惚れてしまう空でした。




アリアは星に願いました。

「素敵な光をありがとう。私の大切なものと引き換えにウルに未来をあげて」



こんな綺麗な景色を怪物は見ることができません。

光が届きません。

それでも森の奥の洞窟で怪物は星に願いました。

「綺麗な光をありがとう。僕の大切なものと引き換えにアリアに自由をあげて」



沢山の星が降りました。


夜とは思えない明るさで、キラキラしていて、こんな日は、なんでもできそうだ、そんなことをアリアは思いました。


昔もそう思って大流星の日、星を掴まえに外に出たのを思い出しました。


星を掴むことは出来ず貰ったのは青白い鱗だけでしたが、懐かしい日を思い出したアリアは明日もウルに会いに行くことを楽しみに、眠りにつきました。




夢を見ました。

とても懐かしい夢です。


幼い頃のアリアが星を掴みに外へ出掛けます。


森へ、駆けました。


星を掴もうと手を伸ばします。

全然届かなくて、もっと高いところを目指して森の奥へ進みました。


高台に知らない男の子が泣いていました。


「どうしたの?」


アリアは尋ねます。


「星に、手が届かない」


「アリアも」


2人で横に座って空を眺めました。


暫くして、大きな光が2人を目掛けて近づいてきます。

2人は嬉しくなって手を伸ばしかけました。

ただ、その星は2人にとって大きすぎました。

アリアは気付きません。咄嗟に男の子はアリアを高台から突き落とします。


幸い大事には至らなかったのですが、頬に気味の悪い傷だけを残しました。


「ごめんね、アリア」


記憶の遠くで黒い怪物が呟きました。





キラキラとした陽の光でアリアは目を覚まします。

「やっぱりウルは君だったんだね」




「おはよう、おじさん!」

ウルに会いたくて堪らなくなったアリアは走ってリビングへ向かいました。


おじさんは目を丸くして言います。


「鱗は、どうした」


「え?」


恐る恐る手を頬に当てた。

そこにはいつもの感覚がなく、ただの人間の皮膚がありました。


「あれ」



嬉しさを隠しきれないアリアは「ちょっと出掛けてくる」とおじさんの返答も聞かずに家を飛び出しました。


もちろん向かう先は洞窟です。


「ウル!起きて!」


洞窟に向かって声をかけます。

何も返答がありません。

ふと気付きます。

鉄格子がないのです。


「え、あれ、ウル?」


嫌な予感が脳裏をよぎります。


洞窟を進むと男の子が倒れていました。

夢で見たあの子です。

腕には見覚えのあるゴワゴワした風呂敷が巻いてありました。


「ウル?ウルだよね?人間に戻ったの?ねぇ!目を覚ましてよ!」


男の子を揺さぶります。

昨日の願いが叶ったと、喜びを分かち合いたくてアリアは必死になります。

その子はゆっくりと目を覚まし辺を見渡して言いました。


「きみはだれ」


「ウル、じゃ、ないの」


「ウル、ウル...何処かで、聞いたこと、あるような」


男の子は頭を抱えて蹲ります。

「ごめん、思い出せない」


「...何も?」


「大切なことを忘れている気がする」


「大切なこと?」


「えっと、えーっと、そうだ、嫌われていた」


「え?」


「街へ行くと、ゴミを投げられて、気味が悪いと罵られ、殺され、かけた、気がする」


「それが、大切なことなの?」

アリアは泣きそうになりながら聞きます。

「違う、と思う」

男の子の返答は曖昧なものです。

アリアは俯いて何も言いません。

沈黙に耐えられない男の子は気まずそうに切り出します。

「えっと、君は...」

「アリア」

「アリアは、ウル?って人を探しに来たんだよね」

「人ではないんだけど」

「人では、ない?」

「黒い、怪物よ。街へ行くと、ゴミを投げられて、気味が悪いと罵られるような」

「それって...」

「あなたよ、ウル。私はあなたに会いに来たの」

泣き笑いのアリアはそう言って微笑みます。


「ごめん、えっと、何も覚えてなくて、本当に何もわからない」


「いいの。私がいて、あなたがいる、それだけで今は十分よ」

言い聞かせるようアリアは言います。

すると、少年は思いがけないことを口にします。

「あぁ、それ、えっと、聞いた気がする」

思い出すように空を仰いでアリアが言った言葉を繰り返します。


「ワタシガイテ、アナタガイル」


アリアは少しでも自分のカケラを覚えてくれたことに歓喜します。

「誰が歌った歌だっけ。ずっと聴いていたい、歌声だった、気がする」

やっぱり子細までは覚えていません。

それでもアリアは挫けませんでした。



...そうだ、歌えばいいんだ。君が希望と言ってくれた歌を。

光と言ってくれた歌声を。

あなたがそう言ってくれた私の大切な歌。

聞いたらきっと思い出してくれる。


「ララ、ルル...」


そこでアリアは言葉を止めました。

歌えないのです。

歌声が、出ないのです。


「どうしたの」


「歌えない」

アリアは泣き出しました。


歌えないことを泣きじゃくるアリアに男の子は戸惑いを隠せません。

泣かないでと背中を摩りますが、何にも響きません。


「あなたが好きと言ってくれた、私の歌が、歌えない」


たくさん泣きました。

目がパンパンになるくらいの涙を流しました。


「アリアが泣いているのは、なんか、よくわからないけど、嫌だよ」


そんな勝手なことを男の子は言います。


「私だけが1人、あなたとの記憶に縋っている」


「ごめん、でも泣かないでよ。笑ってよ、アリア」


何もかも忘れて傲慢な。


「僕は、ここにいるよ。何処にも行かないから」


根拠もなく、男の子は言います。

優しく包み込むような、温かい声で。


あなたとの楽しかった時間をあなたが忘れてしまったから、世界に取り残されたような気がしてしまう。


「ひとりぼっちには、させないから」


男の子はそう言ってアリアの涙を拭いました。


アリアは無理やり笑顔を作ります。

口角をぐいっと上げてウルの手を掴みます。


「初めまして、私はアリア。あなたの光です」


ウルを洞窟から引っ張り出しました。

宝石の輝く森へ出て、明るさに慣れないウルは目を細めました。


「一緒に星のかけらを拾いに行こう?」


2人は手を繋いで街へと向かいました。


「もうひとりぼっちにはさせないから」


孤独を知った子供の決意のような祈りの声は星に溶けて消えました。


キラキラした誰もが羨む流星街で、孤独を知らない子供は笑います。

今日も星屑は煌びやかにその街に降り注ぎます。




「アリア、僕を救ってくれて、ありがとう」




自然と口にしたその言葉はウル自身の言葉か、それとも忘れた記憶の言葉か。

知る由はないけれど、アリアを笑顔にするには十分過ぎる言葉でした。

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