第23話 教室で半裸の画像を鑑賞する
ツユが何かを隠している。
そのことについて昨日から少し悩んでいて、学校では授業に集中できていない。
午後からの授業が終わり、休み時間になった。
教室の後ろに置いてある教科書を取りに行く為に歩いていると、ミゾレが何やら熱心にスマホで何かを見ている。
あまりにも必死になって凝視しているので、何がそんなにミゾレを熱中させるのか気になった。
ツユだったらソシャゲなんだろうけど、ミゾレはゲームとかしなさそうだ。
スマホを普段からイジっているようなタイプじゃないので、余計に気になった。
「……何見てるんだ?」
「わっ!」
昨日のツユみたいなリアクションを取るミゾレに申し訳なくなる。
大袈裟なリアクションを取ったミゾレは、持っていたスマホを放り投げてしまう。
「おっ、と。良かった。落ちなくて」
投擲されたスマホは、反射的に伸ばした俺の手にすっぽりと収まる。
運動神経なんて良くないから、キャッチできたのは奇跡的だ。
スマホは画面割れやすいから、床に叩きつけられなくて良かった。
「はい」
「ありがとう」
「ん?」
表にしてスマホを返却したのだが、つい画面が見えてしまった。
そこには半裸の男と男同士が、キスしそうな距離で見つめ合っている画像があった。
これって、もしかしてBLっていうやつか?
漫画のようで、吹き出しもある。
そういう趣味の人は、女性の中に一定数いるのは知っているが、ミゾレにそういう趣味があるとは知らなかった。
「……どうしたの?」
「いや、なにも……。ただ、変な画像が見えた気がして……」
「た、ただの広告だから」
そう言って、ミゾレは顔を朱色に染める。
「そ、そっか……」
確かにあれは広告の画像だったか。
でも、広告って自分の視聴履歴に応じて、その人に適した広告を流すんじゃなかったんだっけ?
つまり、ミゾレが普段からBL作品に触れているってことなのでは?
いや、深く考えるのはよそう。
ターゲティング広告なんて当てにならない。
全く興味がない広告が表示されるのなんてしょっちゅうだ。
だから最悪のタイミングでBL漫画が広告に上がっただけ。
そういうことにしよう。
「何見てたんだ? ミゾレ」
「え?」
「随分、熱心にスマホを見てた気がしたから」
「ああ、普通のサイトだよ」
ミゾレがスマホを見せてくれる。
そこには、文字がビッシリと書いてあった。
「小説の書評や解説のサイト」
「それは普通と言っていいのか?」
少なくとも、俺はそんなサイトを検索すらしたことがない。
「……なんでそんなサイトを?」
「面白いから」
「へ、へぇー」
どこに面白さを見出しているのか分からない。
やっていること、ほとんど国語の勉強と同じじゃないのか?
「どんな作品の解説を読んでるんだ?」
「有名な文学作品の解説が多いかな。私達が生まれる前からある作品は、色んな視点からの考察が多いから、読んでいて面白い」
「ふーん……。そうか、そもそも俺はそこまで小説は読まないからなー」
「授業で習うような作品でも解説あるから、それを読めば面白いかも。『羅生門』とか」
「あー」
俺でも知っている。
話が短いから、俺でもスラスラ読めた気がする。
内容は、
「どんな内容だったっけ?」
「簡単に言うと……無職の人間が、死体の髪を漁っている老婆を襲う話だね」
「重いな……」
そういえば、そういう話だったか。
普段本を読まないから、記憶がごっちゃになっていた。
無職になって困窮している人間が、老婆に出会う。
老婆は死体から髪を抜き取り、それを売ろうとしていた。
男はそんな老婆だったら襲ってもいいと考え、追い剥ぎをする話だった気がする。
「因果応報の話だったよな」
「そういう見方もあるけど、人によっては、悪であることでしか人を救えない状況下があった時、あなたはどうするっていう問いかけでもあるって見方をしている人もいる」
「悪であることでしか?」
「うん。だって老婆を襲わなければ下人は死ぬところだった。それなのに、下人を責めることができるのかって」
「うーん。毒を以て毒を制す、みたいな?」
確かに、悪にならなきゃ、下人の男は助からない作品だったような気もするな。
こういう悪人になっちゃダメだよ、っていう大人側の押し付けに近い倫理観の教育だったと思ったけど、そう言われると、そうか。
人は誰であっても、悪になり得る。
そんなことを訴える作品ともいえるのかな。
難しいから、俺にはよく分からない。
ミゾレは難しい本をよく読むせいか、俺だとたまに考えに追いつかない時があるんだよな。
「そもそも死人がそのまま放置されているような状況になっていたら、誰だって頭がおかしくなるよね」
「それもそうか……」
深く考えないと、男がただの悪者になる。
でも、環境や状況を考えると全て男が悪いということにもならないってことか。
授業でもそこまで深堀しないから、そこまで考えなかったな。
「他にも色んな説があるし、独自解釈や拡大解釈をした二次創作の作品は世の中にいっぱいあるから、そういうのを全部追ってたら昔の作品は飽きないんだよね」
「確かに昔の作品であればあるほどリメイクされやすいか」
漫画とかアニメとかドラマとか。
昔の名作はリメイクされやすいのは確かだ。
文学作品は話が難しそうだから敬遠しがちではあるけど、本よりかは映像の方がとっつきやすそうだな。
初心者でも頭にスッと入る作品があれば紹介して欲しい。
それか、解説文とか二次創作から入るのもアリかも知れない。
ガチ勢からしたら敬遠されるかも知れないけど、文学作品に触れてきていない者からしたら、いきなり本編はキツいのだ。
「ネットでそういう解釈を検索できるからいいのか?」
「研究者の本を読む方が勉強になるけど、図書館だとそういう本は禁帯出だから。ネットの方が手軽に読めるのがいいね」
禁帯出って、持ち出し禁止ってことか。
それだけ文学的価値があるのかな?
「色んな人の意見や考えを聴けるのはいいよ。特に本なんて、私達よりもよっぽど年上の人達の心に触れられるがいいよね」
「な、なるほど……」
本の魅力はまだよく分からないけど、色んな人の意見を取り入れるのが大事っていうのはここ最近で痛いほどわかった気がする。
アイの考え方も知れたから、区切りを一応つけることができたのだから。
「……そういえば、あの件はどうなったの?」
「え? あの件って?」
もじもじし始めた。
何か言いづらい事だろうか。
「だから新しい彼女を作って心の傷を癒す、みたいな……」
「ああ。それならミゾレのアドバイスに従うことにしたよ」
「え? それって……」
パアッと明るい表情になる。
ミゾレも俺の幸福を祝福しているようだ。
「うん。妹のツユと付き合うことになったから」
ミゾレの表情が急激に変わる。
「…………は?」
まるでシスコンを見るような眼になる。
あっ、そうか。
言葉が足りなかった。
ツユと付き合ったのはあくまで偽装。
そして、もうその偽りの関係も解消した。
それを言わなきゃ――
「あっ」
思考を遮ったのはチャイムの音。
そして、教室の扉が開いて、教師が入って来た。
授業の時間が始まってしまった。
「チャイム鳴ったな。この話はまた今度な」
まだ硬直しているミゾレを置いて、俺は自分の席に戻った。




