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第22話 義理の妹が激しい運動で息を乱す


「はあ、はあ、んっ……」


 扉越しに乱れた息遣いが聴こえてくる。


 ノックをしようとした指が硬直した。


「……えっ、と」


 お取込み中だろうか。


 ツユだってお年頃だ。

 自分の部屋で何をしていたとしても、俺が関与することではない。

 だが、このまま何もせずに一階に戻る訳にもいかない。


 ――ソラくん。ごめん。夕食の準備ができそうだから、ご飯冷めない内にツユを呼んできてくれない?


 と、姉のライカさんに頼まれているのだ。


 家族が家にいる時は、ご飯はなるべく一緒に食べる。

 それが我が家の家訓。

 だから、タイミングを見計らってツユを呼び出さなければならない。


「……っう! まだ終わりじゃない、あと少しっ……。あと少しで……。待ってて。あと少しでいけそっ――」

「…………」


 本当に何をしているんだろう。


 そもそも独り言にしては声が大きい。

 

 しかし、誰か他に人が部屋にいる訳がない。

 時間帯的には夜に近いし、来客している人もいない。

 両親は仕事から家に帰っていない。


 今、家にいるのは俺とツユとライカさんの三人だけのはずだ。

 誰かと通話でもしているんだろうか。


 少し待ってみたが、どうやら話が終わる気配はなさそうだ。

 このまま扉の外で棒立ちしていても埒が明かない。

 とりあえず、ノックをしてみる。


「うわっ!」


 部屋の中からガタゴトと物音がする。

 ノックで慌てたツユが、物を倒したり、何かを片付けたりするような音がしている気がする。


「ちょ、ちょっと切るね。タイミング的に今日はおしまい。また明日ね!」


 俺ではない誰かに向けて話すツユが、勢いよく扉を開ける。


「なんですか!?」


 滅茶苦茶キレてる。

 やっぱり何か忙しかったらしい。


 私物のように俺のシャツを着ている。

 そして何故か玉のような汗をいっぱいかいているせいで、そのシャツが透けて下着が透けて見えている。

 俺は少し視線をズラす。


「いや、夕食。ライカさんが呼んでるから」

「夕食。そんな時間ですか……あっ」


 ドアの隙間から何かが見えた。


 女の子の部屋にしては大きめの音響機材が見える。

 それから自撮り棒と、それなりに値段の張りそうなマイクのようなものが見える。


 ゲーム機が出しっぱなしになっていて、輪の形をしたコントローラーを装着する器具がある。

 運動系のゲームをやっていたのか。

 道理で、息が乱れていた訳だ。


「み、見ました!?」

「何を?」

「べ、別に何も観ていないならいいです。早く出て行ってください!!」

「わ、分かったって!!」


 背中を押されると、すぐさま扉を閉められる。


 ただゲームをしていただけはずなのに、なんだろう、あの焦り具合は。

 別に家で運動系のゲームをしていても何の問題もないだろうに。


「な、なんだ、あれ……」

「――怪しいわね」

「わっ!」


 いきなり横からかけられた言葉に、俺は後退る。


「ラ、ライカさんっ!? いたんですか?」

「いました。もうっ、帰りが遅いから来てみれば、あれってどういうことなのかな? ソラくん」

「どういうことと、いいますと?」


 ちょいちょい、とライカさんに手招きされる。

 もう片方の手でしぃーとジェスチャーを入れる。


 視線の先はツユの部屋。

 どうやら彼女に聴かれたくない内緒話をするらしい。


 近距離で音量を絞って俺達は会話をする。


「最近、ツユちゃんの様子がおかしいのよ」

「どういうことですか?」

「ずっと部屋に閉じこもって何かしているの」

「まあ、それは前からじゃないですか?」


 普段から外にはあんまり出ない。

 休日は自分の部屋に引きこもってばかりだ。


「そうだけど、最近特に酷いの。それに、夜中までずっと部屋から音が聴こえてくるの。早く寝なさいって注意はしているんだけど、全然私の言う事聞いてくれないの」

「……まあ、ゲーム好きですからね、ツユは」


 徹夜でゲームしているんだろうな。

 新作ソフトでも買ったんだろうか?


「しかも、一人でやっているんじゃなくて、誰かとゲームしているみたいなの」

「ああ、確かになんか他の人と喋っているみたいでしたね……」


 そういえば、部屋にマイクがあったな。


 最近はオンラインで見知らぬ人とゲームをするのも普通だ。

 SNSや掲示板とかでゲームのパーティ募集をしていて、そこから繋がることもできる。


 俺は知らない人と喋りながらゲームをするなんて考えらないけど、ゲームガチ勢の人ならそのぐらい普通なのかも知れない。


「そうなのよ。もしかしたらツユちゃんに彼氏が出来たんじゃないかって思って……。お姉さん、悲しい……」

「か、彼氏ですか!?」


 その発想はなかった。

 ツユのことだから、仮にできたとしても俺には相談はしないだろう。


 あの可愛さだ。

 彼氏がいてもおかしくはない。


 でもそれは、


「いいことじゃないですか?」

「そうなんだけど、彼氏ができるとツユちゃん私と遊んでくれなくなるでしょ? それが寂しくて……」


 ライカさんはシュンとなる。

 ツユと仲良しだからな、ライカさんは。


「……ライカさんは彼氏作らないんですか?」

「わ、私なんて! 彼氏を作らないじゃなくて、作れないの」

「そうですか? モテてそうですけど」


 顔がいい

 性格もいい。

 ツユやアイと違って非の打ちどころがない人だ。


 この人がモテなかったら、誰がモテるっていうんだろうだ。


「ないない。私告白なんてされたことないもの」

「えっ? 嘘ですよね?」

「本当。だから私モテないの」


 ライカさん天然入ってるからな。

 告白されても気がついていない可能性大だ。

 それか、


「多分、ライカさんが綺麗で高嶺の花過ぎて告白されないんですよ」

「もうっ! お世辞言わないで! そんなこと言ってもソラくんの分の唐揚げ増やさないからね」


 とか言って、今日の夕飯のおかずであろう唐揚げを増やす未来が見えた。


 ライカさんは感情豊かで素直に喜んでくれるから、一杯褒めたくなるんだよな。


「それに、私は彼氏なんていなくても、私はツユちゃんやソラくんがいるだけで幸せなんだから」

「そう、ですか……」


 勿体ない気がするけど、本人が作る気がないなら俺から言う事はない。

 俺だって、当分は彼女いなくてもいいと思っているからな。


「ソラくんは最近家にいてくれることが増えたから、お姉さん的には嬉しい!」

「……ま、まあ。破局したから暇なだけなんですけどね……」


 悪気がないから言い返すこともできない。

 無駄に傷いた俺は、増えた唐揚げで心の傷を癒すことにした。



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