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僕を死刑に処す  作者: 夕藤さわな
第二章
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第九話「いっしょに寝るんです」

 キッチンで夕飯を食べさせてもらって、使用人用だというわりに広くて豪勢なお風呂に浸かって。一番狭い部屋しか空いてないけどと言われて案内された使用人部屋は、やっぱりというかなんというか。俺が住んでいたボロアパートの一室よりずっと広かった。

 雷に打たれて気を失っているあいだ、休ませてもらっていた大正風の客間ほどではないにしても、使用人部屋というにはあまりにも豪勢な家具が揃っていた。

 部屋の奥には胸の高さほどから窓があって、窓の下には備え付けの棚があった。どさりと棚の上に荷物を置いた俺は、


「同室……」


 二つ置かれたシングルベッドを見て、ハハ……と、乾いた声で笑った。


「親子なんだからいいんじゃないですか?」


 相変わらずの無表情で、寝間着代わりのジャージを着たミコトが言った。

 藤枝家の三姉妹からは兄妹だと思われているようだ。ミコトにとったら親子だ。確かに問題ない。

 問題ないように思える、が――!

 俺はちらっと隣のミコトを盗み見た。俺の視線に気が付いたミコトが、きょとんと首を傾げた。その拍子にショートボブの白い髪がさらりと流れた。

 小柄で細身で胸がぺたんこで。小学生か、せいぜい中学生にしか見えない外見をしている。でも正直、華奢な体つきも、ちょっときつ目の顔立ちも俺好みだ。もう少し成長したら、ものすごく俺好みだ。

 そっちにとっては親子かもしれない! かもしれない、けれども!! な、気持ちだ。

 ミコトは母親似なのかもしれない。ミコトの母親……つまるところ、俺の恋人候補的な相手は大変、俺好みの顔をしていたのかもしれない。


「こうやって血筋とか血統って出来上がるのか」


「なんの話ですか」


 ぶつぶつと呟く俺を見上げて、ミコトは眉間に皺を寄せた。

 でも、すぐにため息をついて荷物を広げ始めた。表情の変化に乏しいからわかりにくいけど、なんとなく機嫌が悪そうだ。

 そういえば――。


「お前……ここでのバイト、嫌だったのか?」


 藤枝家で雇ってほしいと千鶴ちゃんが秋穂さんに頼んだとき。ミコトは食い気味で断ろうとしていた。

 俺が気を失っているあいだ、ミコトは藤枝家の三姉妹と何かしら話をしていたのだろう。目覚めてすぐに秋穂さんが俺の名前を呼んだのも、多分、ミコトが話していたからだ。

 三姉妹との会話の中で、嫌なことや気になることでもあったのかもしれない。このときの俺はミコトの眉間にできた皺を見つめて、そう考えていた。


「あの三姉妹の誰かがお前の母親なんだろ? だったら、ここで雇ってもらった方が母親探しもしやすいよ。俺の財布的にも、大変都合が良いですし」


 眉間の皺を指でぐりぐりと押すと、ミコトはきゅっと目をつむって首をすくめた。


「全然、良くないです。……良く、ない」


「……ん?」


 ぼそっと呟くミコトに俺は首を傾げた。

 このときも、もう少し突っ込んで聞くべきだったのだ。でも、ミコトが唇を尖らせて首を横に振るのを見て。


「夜逃げするとしたら……って、まとめた荷物の中に、どうしてぬいぐるみが入ってるんですか」


 あからさまに話題を変えたことに気が付いて。俺は苦笑いで聞き流すことにしてしまった。

 ミコトが見つめているのは、俺が枕元に置いた馬のぬいぐるみだ。ぺたんと伏せたポーズのぬいぐるみを両の手のひらに乗せて、俺はふふんと胸を張った。


「ただのぬいぐるみじゃないぞ。日本競馬界屈指の名馬・ディープインパクトのアイドルホースぬいぐるみだ!」


「ぬいぐるみじゃないですか。……大体、アイドルホースぬいぐるみなのに、なんでアクションスターはないんですか。あんなに可愛い顔をしてるのに。あの可愛さは間違いなくアイドルなのに!」


 ミコトは唇を尖らせて、昨日の中山競馬場でも言っていた文句を繰り返した。アクションスターのぬいぐるみが売っていなかったことを相当、根に持っているようだ。

 俺はけらけらと笑って、濃い茶色の毛をした馬のぬいぐるみを見つめた。


「これは通帳よりも大切なぬいぐるみなんだよ」


 俺を作っている物は血だけじゃないと思い出させてくれる、大切なもの――。

 そっとぬいぐるみを撫でる俺を見上げて、


「へー」


 ミコトは無表情、棒読みで言った。表情が乏しいとかじゃない。今のは確実に、全く興味がないときの反応だ。


「……っの野郎!」


 俺が握りしめた拳を震わせるのを見ても表情に変化はない。こういうところはホント、図々しくて、太々しくて、野良猫だ。ボス的貫禄のある野良猫だ。

 やっぱり少っっっしも可愛くない!

 奥歯をぎりぎり言わせている俺をよそに、ミコトはさっさとベッドに入り込んだ。俺が使う予定のベッドに、だ。わざわざ自分が使う予定だったベッドから枕を持ってきて、だ。


「……何やってんだよ」


「いっしょに寝るんです」


 俺が低い声で尋ねると、あっさりと答えが返ってきた。なるほど、いっしょに寝るのか。俺はこくこくと頷いた。


「んじゃあ、灯かり消すぞー」


「はい」


 部屋の灯りを消して。ミコトが持ち上げてくれている掛け布団の中に足を滑り込ませて。枕に頭を預けて。目を閉じて――。


「……じゃないだろ! ベッドが二つあんのに、なんでわざわざ同じベッドで寝るんだよ! 狭いわ! いや、ベッドはめっちゃ広いけど!」


 くわっと目を見開いて、飛び起きた。

 あまりにもあっさりと言われて完全に流された!

 これだよ、こういうところが怖いんだよ、ボス野良猫は! 冬になると玄関ドアを開けた瞬間にしれっと滑り込んできて、そのまま人の布団に入り込むんだよ! 丸くなってすやすや寝てると起こすの悪いかなーって気持ちになってきて、結局、追い出し損ねるんだよ!

 ボス野良猫と同じスキル持ちと思われるミコトを、俺はキッ! と、睨みつけた。ミコトは白い髪を枕に散らして、猫みたいに横向きに寝ている。

 横になったまま、じーっと俺の怒り顔を見上げていたかと思うと、


「ダメですか?」


 不意に眉を八の字に下げた。


「僕がもう、十六で……子供じゃないから?」


 表情に乏しいミコトにしては珍しく、はっきり落ち込んでいるとわかる表情だ。

 俺はうぐっ! と、言葉を詰まらせた。だが、すぐさまぶんぶんと頭を振った。

 俺の娘ですなんて言われても、俺からしたら三日前に知り合ったばかりの少女だ。やっぱり同じベッドで寝るというのは……。


「……」


 寝ると言うのは……。


「…………」


 ………………。


「わかった! わかった、わかった! 今日だけだからな!」


 根負けした俺はどさりとベッドに横になった。


「……わかりました、今日だけです」


 そう言って、ミコトは俺の左腕を抱き枕みたいに抱きしめた。声がちょっとだけ弾んでいる気がする。猫が頭をこすりつけるみたいに俺の肩に額を押し付けた。早々に後悔しそうになった。


「……」


 でも、すぐに後悔は溶けて消えた。

 未来からやってきただとか俺の娘だとかは、やっぱりまだ実感が沸かない。ただ――。


「おやすみなさい、父さん」


 そう言って目を閉じたミコトは。口元を緩ませて眠るミコトは。母猫のお腹を枕にして眠る子猫みたいにすっかり安心しきった顔をしていた。

 俺の子供かどうかはわからない。でも、この子はまだまだ子供だ。


「おやすみ、ミコト」


 俺は短くため息をついて、掛け布団越しにミコトの肩をトン、トン……と、叩いた。

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