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僕を死刑に処す  作者: 夕藤さわな
第四章
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第三十六話「……やめてください、父さん」

 ツルを踏ん付けたような音に慌てて顔をあげた。


「ミコト!」


 ヘチマ棚だか藤棚に絡まった茶色いツルの影から、白くて短い髪を揺らしてミコトが顔を出した。かと思うと、


「あ、待て……!」


 俺たちに背中を向けて駆け出した。と、いうか逃げ出した。

 植木に隠されている扉へと一目散に向かうミコトを、俺は慌てて追い掛けようとした。でも、俺が反応するよりも早く――。


「……!」


「ノエル、ミコトをとっ捕まえてきて!」


「バウッ」


 千鶴ちゃんとノエルが俺の横をすり抜けた。

 未来の俺はミコトに〝お前はアクションスターだもんな〟と、何度も言っていた。そう、ミコトから聞いていた。

 アクションスターの父親はアグネスタキオン。足のケガが理由でわずか四戦で現役を引退しているけど、新馬戦、GⅢ、GⅡ、GⅠと走り、そのすべてを一着でゴールした名馬だ。

 陸上部を引退した理由は足のケガで、実は千鶴ちゃんがミコトの母親なんじゃないか……なんて予想したこともあったけど――。


「……うん、ないな」


 俺は乾いた笑い声を漏らした。

 千鶴ちゃんは美しいフォームと爆発的な瞬発力であっという間にミコトの前にまわり込み、行く手をふさいだ。

 たたらを踏んできびすを返すミコトに、


「バウッ」


 ノエルが飛び掛かった。


「……ぶにゃ!」


 尻尾を踏まれた猫みたいな鳴き声を上げて、ミコトは尻もちをついた。運よく絡まった茶色いツルの上だ。ケガの心配はないだろう。


「バウッ、バウッ」


 ノエルはミコトが目を白黒させているすきにミコトの肩を大きな前足で押して、


「ふにゃ!」


 コロン……と、仰向けに引っくり返ったミコトに圧し掛かると、


「バウッ」


 伏せの体勢で落ち着いてしまった。


「重い……重いです、ノエル! 下りてください!」


 手足をジタバタさせるミコトをよそに、ノエルは大きなあくびをした。ミコトの薄っぺらい胸にあごを乗せて、ついには寝始めてしまった。

 ……なんだか前にも見たことがある光景だ。

 千鶴ちゃんとノエル、それからミコトに追い付いた俺は、ため息混じりにミコトを見下ろした。


「夏希ちゃん……」


「ノエル、おいで」


「バウッ」


 俺の意図をあっさりと汲み取って、夏希ちゃんはノエルの名前を呼んだ。ノエルはパッと顔をあげてミコトの上から退くと、ゆっさゆっさとお尻ごと尻尾を振りながら夏希ちゃんの隣におすわりした。

 俺たちが見守る中、立ち上がったミコトは――再び、一目散に逃げだそうとした。


「早速、逃げようとしてんなよ、この野良猫!」


「ぶにゃ!」


 首根っこを掴んで怒鳴る俺を、ミコトはいつも通りの無表情で見上げた。でも、よく見ると唇は尖ってるし、ジト目だ。わかりにくいけど、不満そうというか、完全に怒っている顔だ。

 でも――。


「……無事だったんだな」


 ミコトが消えたり、死んだりしていなかったことに。覚悟していたよりもずっと早く、また会えたことに。ほっとして、嬉しくて、俺はミコトの白い髪をくしゃくしゃに撫でた。ミコトはぎゅっと目をつむって首をすくめた。


「……やめてください、父さん」


 文句を言うわりに大人しく撫でられている。逃げる様子はない。しばらく撫でまわしたあと、俺はミコトを見下ろして尋ねた。


「お前、こんなところで何してるんだよ」


「父さんこそ何してるんですか。住み込みのバイトはクビになったじゃないですか」


「残念だったな。さっき秋穂さんに頼み込んで、また雇ってもらったんだよ。……お前こそ美味しい物を食べに、あちこちまわるんじゃなかったのかよ」


 少し距離を取って俺たちを見守っている三姉妹の顔を、ミコトはぐるりと見回した。三姉妹が揃って頷くのを見て、ミコトの眉間に皺が寄った。

 自分の父親と母親が出会わないように、出会っても仲良くならないよう邪魔をして、縁を切って。そうしてミコト自身が生まれて来ないように過去を変えて、自分を死刑にする。

 それが、ミコトが俺に会いに来た目的。本当に、ろくでもない目的だ。

 俺と秋穂さん、夏希ちゃん、千鶴ちゃん三姉妹の仲を邪魔したいミコトにとって、俺が藤枝邸で再び、住み込みのバイトをするのは困るはずだ。


「こういうことになるかもしれないと思ったから、邸を監視しようと思ってたんです」


 困るからこそ、ミコトなりに考えて対策を打とうとしていたらしい。


「なのに初日から夏希と千鶴に寝床は奪われるし、父さんは戻って来ちゃうし」


 ミコトはうつむいて、唇を盛大に尖らせた。

 奪われた寝床というのは夏希ちゃんと千鶴ちゃんが使っていた寝袋のことだろう。値札がついたままになっていた。奪われた寝床に物置も含んでいるなら、それは図々しいにもほどがある。

 そのあたりはあとで詳しく追及するとして――。


「監視って……お前自身が消えるか未来に強制的に戻されるまで、ずっとここにいるつもりだったってことか? 何年も? 何十年も?」


「こっちに来るときに言われたんです。僕が転送された時点から一年ちょっとすると、世界中、人と自由に会えないようになる。それまでに縁が切れていれば、僕が生まれてくることもないだろうって」


 一年ちょっと……と、いうと二〇一九年の春頃ということだろうか。世界中なんてずいぶんと大ごとだ。


「人と自由に会えなくなるって、何が起こるんだよ」


「知りません」


「知りませんって……結構な大事件だろ? 学校の授業とか、テレビの過去の事件を特集した番組とか。そういうので見たことくらい……」


「テレビなんて、ほとんどやってません。やってもどこだかの戦いは勝ったとか、優位だとか。そんなのばかりです。学校もありません。僕は父さんと、とんばあちゃんに教えてもらったから読み書きできますけど、できない子だってたくさんいます」


 ミコトは首を傾げながら言った。それがミコトの常識なのだろう。ミコトが生きてきた世界の常識なのだろう。

 俺は前髪をくしゃりと掻き上げて、唇を噛んだ。


「……なら、一年近く、ここで秋穂さんたちを監視し続けるつもりだったのか?」


「はい。雨風をしのげる物置きがあって、食料も森で調達できる。安全な水もあります。完璧です!」


「どこが完璧なんだよ」


 胸を張るミコトに、俺はため息をついた。そんな計画、全然、完璧じゃない。


「俺と一緒に行動してた方が……俺一人を監視する方がずっと楽だっただろ」

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