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僕を死刑に処す  作者: 夕藤さわな
第三章
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第二十七話「食べてください、私にとってのホットケーキはこれなんです」

 ミコトは満足げに頷くと、どこからともなく黒い紐を取り出した。先端が輪っかになっている。


「と、いうわけで、夏希は千鶴と仲良くしてください。今。ノエルの目の前で」


「……は?」


「二人が仲良しだとわかれば、ノエルだって千鶴に威嚇したりなんてしません。夏希が言う通り、ノエルは頭が良い子なので」


「ちょ、ちょっと待って……そんな急に……!」


「ノエルはリードをつけて、ちょっと離れたところで見てましょう」


「……って、ちっとも聞いてないわね、あんた!」


 怒鳴る夏希ちゃんを無視してミコトはノエルの前に立った。ミコトが持っている黒い紐は犬用リードだったらしい。


「バウ……」


 輪っか状になっている部分を鼻先に近付けると、ノエルは不満げな声をあげた。でも、じーっとミコトに見つめられて渋々、リードを付けられた。

 ミコトと夏希ちゃんは仲が良いとノエルは認識しているようだ。ミコトの言うことには大人しく従う。ケンカするほど仲が良いとも言うし、ノエルの認識も合っていると言えば合っている……のだろうか。

 ミコトはノエルといっしょに窓際のソファに向かうと、どさりと腰かけた。


「……」


「…………」


 あとに残されたのは気まずい表情で向かい合う夏希ちゃんと千鶴ちゃん。そして、俺――。

 ノエルが夏希ちゃんから離れても、夏希ちゃんと千鶴ちゃんの距離は縮まらない。黙り込んで、うつむいている。

 千鶴ちゃんとノエルの仲を取り持つのはミコトに任せたけど、夏希ちゃんと千鶴ちゃんの仲を取り持つのは俺の仕事だろう。


「両者、前へ」


 手近な千鶴ちゃんの背中をぽんと叩いた。千鶴ちゃんはよろめいて前へと出た。夏希ちゃんも犬のぬいぐるみを抱きしめて歩み寄ってきた。

 並んで立つと、やっぱり千鶴ちゃんの方がお姉さんに見えてしまう。……なんて言うと夏希ちゃんの機嫌を損ねてしまうので、咳払いとともに飲み込んだ。


「とりあえず座って。俺と千鶴ちゃんが作ったホットケーキでも食べながら、ゆっくりと話そうよ」


「ホットケーキって……これが?」


 丸型のテーブルに並べられた薄っぺらいホットケーキを見て、夏希ちゃんの眉間に皺が寄った。ちょっと焼き過ぎてはいるけれど前回よりはマシだ。


「そのホットケーキは人類には早過ぎる食べ物です。夏希、食べない方が良いですよ」


「バウッ」


 窓際のソファで待機しているミコトが、いつもよりもちょっとだけ低い声で言った。ミコトの声音に合わせたのか、ノエルも低い声で吠えた。


「そう言われると、逆に食べてみたくなるわね」


 夏希ちゃんは不敵に笑ってイスに腰かけると、千鶴ちゃんの顔を見上げた。座れ、ということだろう。千鶴ちゃんは緊張した面持ちで、夏希ちゃんの対面に腰かけた。


「食べてください、夏希さん。私にとってのホットケーキはこれなんです」


 ガチガチの表情で言う千鶴ちゃんをちらっと見て、夏希ちゃんはふん……と、鼻で息をつくとナイフとフォークを手に取った。

 千鶴ちゃんも、俺も。ホットケーキを頬張る夏希ちゃんの口元をじっと見つめて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 一口――。


「……なんだかモソモソしてるんだけど」


 夏希ちゃんが眉をひそめるのを見て、俺と千鶴ちゃんは顔を見合わせた。瞬間、千鶴ちゃんがへら……と、気の抜けた微笑みを浮かべた。


「これが千鶴にとってのホットケーキなの?」


「はい、そうです」


「……これ、美味しいの? しかも、マーガリンとメイプルシロップしかないじゃない」


 俺たちが食べたって美味しいよりも懐かしいという感想が出てくるホットケーキだ。馴染みのない夏希ちゃんが食べたら、そういう反応になるだろう。

 夏希ちゃんの素直過ぎる反応に俺はにやにやと、千鶴ちゃんもくすくすと笑った。


「メイプルシロップがあるなんて最高に贅沢だろ!」


「はい、最高に贅沢です」


「……どこがよ」


 ぶっきらぼうな口調で言いながら、それでも夏希ちゃんは二口目を口に頬張った。頬が緩んでいるのは、ホットケーキが美味しかったからではないだろう。


「僕はメイプルシロップよりも、カリカリのベーコンがいいって言いました」


 そう言って唇を尖らせながらミコトがやってきた。千鶴ちゃんと夏希ちゃんのあいだ、俺の対面に腰かける。リードを付けたノエルもいっしょだ。

 ノエルはゆっさゆっさとお尻ごと尻尾を振って、夏希ちゃんのイスの肘掛けにあごを乗せた。夏希ちゃんに頭を撫でられて舌を出して満面の笑顔を浮かべたあと、対面に座る千鶴ちゃんのところに向かった。


「バウッ」


 太ももにあごを乗せて、千鶴ちゃんを上目遣いに見つめた。ゆっさゆっさと尻尾を振っている様子からして、千鶴ちゃんが夏希ちゃんの敵ではないと。歯を剥き出して威嚇したりする必要はないとわかったらしい。

 千鶴ちゃんはと言うと、ノエルを見つめて強張った笑顔を浮かべている。それでも、ノエルの頭に手を伸ばそうとして――。


「……っ」


 勇気が出なかったのだろう。千鶴ちゃんは手を引っ込めた。


「バウ……」


 耳と尻尾をしょんぼりと下げているノエルの頭を、代わりにミコトがそっとなでた。


「千鶴、無理に撫でようとしなくていいです。撫でたくなったら撫でればいいんです」


 役目は終わったとばかりにホットケーキを頬張りながら、ミコトは言った。


「……うん」


 うなずいて、それでも千鶴ちゃんは肩を落としてうつむいた。

 でも――。


「そうね、ゆっくりと慣れてちょうだい。ノエルにも、藤枝家にも」


 夏希ちゃんの言葉に目を丸くして顔をあげた。


「部活を辞めるって決めたときも、どういう気持ちで言ったのか。また今度でいいから、ちゃんと話して」


 夏希ちゃんはちらっと千鶴ちゃんを見て、再び、澄まし顔でホットケーキを頬張った。


「……さて」


 なんだかんだでホットケーキを食べ切ると、夏希ちゃんはナプキンで口元を拭った。


「次のお茶会はいつにする? 今度は我が家のホットケーキをトウマとミコトに味わってもらう番よ」


 そう言って夏希ちゃんは俺たちの顔をぐるりと見回すと、ふふん、と笑った。犬のぬいぐるみを抱きしめて胸を張る夏希ちゃんを見つめて、千鶴ちゃんは頬を緩ませた。


「そうですね。ホテルで出そうなホットケーキ、トウマさんとミコトちゃんにも食べてもらいたいです。そのときは……」


 続けて千鶴ちゃんが言った言葉に、夏希ちゃんは犬のぬいぐるみで口元を隠すと、目を輝かせたのだった。

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