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僕を死刑に処す  作者: 夕藤さわな
第三章
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第十九話「千鶴との仲を取り持ってほしいのよ」

「夏希が目を覚まさなければ、秋穂にスマホの画像を見せればいい。目を覚ませば、悲鳴をあげるなり秋穂に報告するはず。どちらにしろ、父さんは一巻の終わり。せん馬にされるか、最悪でも追い出されるだろうと思っていたのに……完璧な作戦だと思っていたのに……」


「見事なくらいに失敗して、逆に脅迫されてるじゃねえか。俺まで巻き添え食らってるし」


「完璧な作戦だと思っていたのに……完璧な作戦だと思っていたのに……」


 サイズの大きいメイド服を着たミコトは、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返して遠くの空を見つめている。一見するといつも通りの無表情だけど、いつも以上に生気のない目をしていた。

 完璧な作戦が見事なくらいに失敗したことが、相当にショックだったようだ。


「お嬢さまたちが戻られました。お喋りはそこまでにしてください」


 酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせているミコトに苦笑いしていると、俺たちの後ろに立っている教育係の園田さんがぴしゃりと言った。俺は慌てて背筋を伸ばした。

 黒塗りの高級車が藤枝家の正面玄関前に止まった。園田さんに無言で促されて後部座席のドアを開ける。


「ただいま、トウマ!」


「バウッ」


 飛び出してきたのは制服姿の夏希ちゃんとノエルだった。

 髪を二つに結って、犬のぬいぐるみを抱きしめて。出迎えてくれた使用人たちににこにこと笑顔を振りまくようすはやっぱり小学生か、せいぜい中学生にしか見えない。

 今朝の出来事はもしかして夢だったんじゃ? なんて淡い期待が浮かんだけど――。


「……」


 ぬいぐるみで口元を隠して、俺を上目遣いに見つめる夏希ちゃんにその期待はあっさりと否定された。口元に小悪魔の微笑みが浮かんでいる。


「バウッ、バウッ!」


 俺は遠い目をしながら足にじゃれつくノエルの頭を撫でた。きっと俺よりもずっと良いシャンプーを使っているのだろう。長いクリーム色の毛はつやつやで、いくらでも撫でていられる。

 夏希ちゃんはノエルと犬のぬいぐるみを連れて高校に通っている。よく学校側も許したなと思うけど、夏希ちゃんたちが通う高校だと飼い犬といっしょに登校するくらい普通なのかもしれない。

 藤枝家にいると、自分の中にある常識が常識なのか、非常識なのか、わからなくなってくる。

 藤枝家に来るまでの千鶴ちゃんは俺に近い暮らしをしてきたはずだ。今までとはかけ離れた環境に一人で放り込まれるなんて不安だったはずだ。

 だからこそ、俺が焼いた薄っぺらいホットケーキを食べて、あんなにも嬉しそうに笑ったのだろう。

 今だって――。

 助手席から降りてきた千鶴ちゃんと目が合った。千鶴ちゃんは俺に気付くなり、迷子の子供が母親を見つけたときのような、ほっとした表情を浮かべた。

 千鶴ちゃんが何か言おうと口を開いた。でも――。


「ねえ、千鶴。トウマとミコトとお茶をしようと思ってるんだけど、あなたも来ない?」


「バウッ」


 夏希ちゃんが声を掛けた途端、表情を強張らせた。かと思うと、


「……い、いえ。数学の宿題、時間が掛かりそうなので……私はやめておきます」


 引きつった笑みを浮かべて後退り、そのまま邸内へと走って行ってしまった。さすがは元陸上部。小走りなのに速い。

 なんて、半ば呆然と千鶴ちゃんの背中を見送っていた俺の腕を夏希ちゃんが引っ張った。


「トウマたちにお願いしたいのは、このこと」


 犬のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、夏希ちゃんがぼそりと呟いた。


「このこと?」


「……千鶴との仲を取り持ってほしいのよ」


 そう言う夏希ちゃんは意地の悪い笑みも、小悪魔的な笑みも浮かべてはいなかった。

 唇を尖らせて、拗ねた子供のような表情で俺の顔を上目遣いに見つめていた。……と、いうか睨みつけていた。

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