かくれんぼ 8
「これ、これも返します! もらう理由なんてありませんから!」
震える手で小箱を「こうたり」の前に置く。
「こうたり」はじっと小箱を見て、次に私を見て、
「ああ、そうか」
そう言ってにっこりと笑った。
「そうか、そうならそう言ってくれないと分からないよ」
そう言いながらくるくると包みのリボンを外し、紙も外す。
ぱかりと音を立て、ピンクのビロードが貼られたケースを上下に開くと、中から白い透明ではない石の付いた指輪が姿を現す。
ムーンストーン、6月の誕生石。
私の好きな石だ。
「はい」
「こうたり」はにこやかにそう言って私に左手を伸ばしてきた。
「な、なに?」
「ほら」
さらににこにこしながら、心の底からうれしそうな笑顔でこう続けた。
「僕にはめてほしかったんでしょ? 嫌だなあ、それならそうと言ってくれないとわからないよ。ほら」
ゾッとした。
体の芯から冷たいものが全身に広がるのが分かった。
「いりません!」
もう一度思わず立ち上がってそう怒鳴りつける。
「私はあなたなんか知りません! そう言ってるのになんでそんなこと思えるの? やめて!」
「こうたり」は不思議そうな顔で立ち上がった私を見上げる。
「照れるのもほどほどにしないと、ほら、みんなびっくりしてるよ」
「こうたり」は心底意味が分からないという顔でそう言うと、ありさと女史、それから男性の職員にそれぞれ首を振り向け、困ったものだというように笑ってみせた。
それだけを見ると、知らない人間なら単なるカップルの痴話ゲンカ、そうとしか見えない。
私が他人だったらやっぱりそう思うだろう。
その証拠に、知っているはずのありさがキョロキョロと私と「こうたり」を見比べ、困った顔になっている。
「あの、こうたり君」
「はい」
「彼女はあなたのことを知らないって言ってるんだけど、どういう仲なのか一度説明してもらえるかしら」
しらかわ女史がなんとか冷静さを保ってそう声をかける。
「え、嫌だなあ。照れるなあ」
「こうたり」は本当に恥ずかしそう頭をかきながらそう言う。
「出会ったのはこの学校ですよ。入学式の日に初めて会って、それでその、恋に落ちました」
頬を赤らめてそう言う。
「いや、それはおかしいでしょ」
次に冷静になったのはありさだった。
「私、入学式の時からたまたまこの子と一緒になって、その後のオリテンテーションが終わって、お茶するまで一日一緒だったけど、あんたなんか見たことないよ」
「いやだなあ、ありさ」
いわれてありさが息もできないほどびっくりする。
「あ、ありさ?」
「ずっと一緒だったじゃない、入学式の日」
「嘘よ!」
そんな記憶は1秒だってない。