かくれんぼ 16
そんな風に不愉快な時間を過ごしていると、しらかわ女史が副理事長を呼びに来た。
「あの、おうちの方がいらっしゃいました」
「こうたり」の、名家だという家の母親だろうか。
「こうたり」の母らしき人は、息子がいるだろう部屋ではなく、なぜか私とありさがいる副理事長室へとやってきた。
入ってきたのは想像していたのとは全然違う人物だった。
てっきり、ドラマなどで見る名家の「ざあます」な、髪を高く結い上げてブランドの服ブランドのバッグなどを持った上から目線の奥様が入ってくると思っていたら全然違った。
髪はきれいな白髪を上品にまとめ、小さくて、どちらかというと上品なおばあさん、といった人が、服だけはおそらくきちんとしたいい物だろうと思える服装を着て、腰を曲げるようにして部屋に入ってきた。
「こうたりでございます」
その人はそう言うともう一度深く頭を下げた。
「どうぞお入り下さい」
副理事長は知っているのか、特に驚く風もなく、丁寧にそう言って「こうたりの母」を私たちが座っている応接セットの、さっきの学生課で息子が座っていたのとは違う、上座である長いソファに案内した。
私とありさは一人がけのソファにそれぞれ座っている。
副理事長は「こうたり母」を通したソファの私たちから向かって右、奥とは反対側の左に座り、丁寧に頭を下げた。
顔を上げ、その老婦人は私の顔を見てハッとし、次ににっこりとうれしそうに微笑んだ。
「息子がお世話になっております」
ゾッとした。
この人もか!
そう思うと全身に鳥肌が立った。
「いや、あのこの方は違うんですよ」
副理事長が困り切った顔で老婦人に言う。
そして、今回のことを説明した。
まあ、もっとも、後から聞いた話を自分がいかにも見ていたかのように言うもので、ありさと2人で「いえ、それはこうです」と訂正はしたが。
老婦人は全部を大人しく聞き終わると。
「そうでしたか……」
そう言って一層小さくなってしまった。
「えーと、それでですな」
副理事長は、結局のところ私の事情などどうでもよく、自分が困ることをなんとかこの老婦人に伝えたかっただけのようだ。
「と、このように、息子さんにお願いすることができなくなってしまった、というわけです」
副理事長は、あくまでこの問題の一番問題なのはそこだ、と言わんばかりにこの言葉で締めくくった。
「さようでしたか……」
老婦人はしかし、ちゃんと問題点を把握してくれていたようで、
「本当に申し訳ないことをいたしました」
椅子から立ち上がると、私の方を向いて礼をして、謝罪をしてくれた。
よかった、この人が常識のある人で。
そう思ってホッとした。