かくれんぼ 15
「助かった、の?」
その様子を見ながら私がそう言うと、私の手をしっかり握ってくれていたありさが、青い顔をしたままコクコクと顔を上下させた。
「君たちにも少し話を聞きたいんだが、いいかな」
夏なのに、スーツの上着をきっちり着込んだ初老の男性が声をかけてきた。
「は、はい」
写真で見たことがある。
確か、大学の副理事長か何かだったはずだ。
最近ではちょこちょこと何かのコメンテーターとしてテレビで教育論などを語っている姿を見たことがある。それで覚えていた。
私とありさは別室へ連れていかれた。
ホッとした。
少しでも「こうたり」から離れたかった。
同じ空間にはいたくなかった。
そこで私たちは副理事長と色々な話をした。
初めて会ったのは先日、いきなり後ろから声をかけられて指輪を渡されそうになったこと、その日まで存在すら知らなかったことから今日までのことを。
「ふうむ、たまにいますね、そういう人が」
渋い、年よりももっと若く響くその声で副理事長が困ったようにそう言う。
「しかし、彼がねえ……いや、本当に優秀な人でね、今日もちょうどあるイベントに大学代表として出てもらおうと、その打合に来てもらっていたんだが……」
副理事長の話によると、「こうたり」は本当に優秀で、本来ならそれこそ日本で一番どころか、世界の名だたる有名大学に進んでもおかしくはないほどだったらしい。
ただ、母親と二人暮らしで、父親が残してくれた財産で生活には困らない裕福な、地元ではなかなかの名士家庭の子らしいのだが、母が一人になるとかわいそうだとの理由で、地元にあるこの大学に進学を決めたらしい。
「そんな優秀で、しかも優しい子なのでね、まさかねえ」
言いながら副理事長が私をチラリと見る。
『まさかねえ』
私にはそれが「まさか彼がこんなことをねえ」ではなく、「まさか彼がこんな子にねえ」と聞こえてたムカッとした。
ありさも同様だったようで、同じくムッとした顔をしている。
こちらは被害者なのだ。
どうしてそんな優秀でお優しい方、やんごとなき名家の方が、地方から出てきてワンルームでほそぼそと学生生活を続けている平凡な私に目をつけたのか、こちらが知りたいぐらいだ。
「いや、しかし、困ったことになりました……」
さらにそう言った副理事長の言葉にさらにムッとする。
この人は、テレビで多少もてはやされてる有名人かも知れないが、明らかに私ではなく、彼に問題が起こったほうに「困った」と言っている、そう分かったからだ。
なんのイベントか知らないが、そこに「こうたり」を出せなくなったことが困る、そう言っているのだと分かったからだ。