かくれんぼ 14
しらかわ女史の言葉を聞くと、「こうたり」は不愉快そうに眉を引き上げた。
マスクで下半分を隠された顔の上部、数少ない見えている部品の平凡なその形、それをほんの少しだけ引き上げるだけで人は怒りを表現できるのだ。なんとよくできているのだろう。私はぼおっとそんなことを考えていた。
「しらかわさんまでそんなことを……がっかりです」
「こうたり」はふうっと大きく息を吐くと、
「私怨で学生の恋愛沙汰に首を突っ込むんですね」
「し、私怨?」
「ええ、ご自分がもてないから、決まった人がいないから、それで嫉妬してそんなことをするんでしょう」
「し、しつれいな!」
しらかわ女史の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「とにかく、そんな下賤な感情に僕たちは邪魔されませんから。さあ」
そう言ってまた「こうたり」が私に手を伸ばしてきた。
「ひいっ!」
私は身を縮こまらせるが、ソファから動けず、もうすぐそこに手が!
「やまねさん!」
しらかわ女史の声と共に、黒帯の職員、やまねが「こうたり」の手をガシッと掴んだ。
「何をする!」
「君こそやめなさい。嫌がっているだろう」
ホッとした。
この隙にソファから立ち上がり、少しでも「こうたり」の手の届かない場所へと逃げた。
ありさも一緒に付いてきて、部屋の隅で二人で抱き合うように身を縮こまらせる。
「と、とにかく、他にも誰か呼んできます! やまねさん、よろしくお願いしますね!」
しらかわ女史はそう言い捨てると、スマホを取り出してどこかに連絡しながら部屋を飛び出していった。
部屋の中に残ったのは、「こうたり」を取り押さえている職員の黒帯やまねさんと私たち2人、そして「こうたり」の4人。
「こうたり」は恐ろしい目をしてやまねさんを睨みつけているが、力の差は如何ともし難く、さっき私のすぐそばまで伸ばされた右手を掴まれたまま、一人がけのソファの上に座っている。
少しすると数名の足音がパタパタと廊下から聞こえてきた。
「こちらです」
しらかわ女史が数名の男性を連れて部屋へ入ってきた。
「あの、彼のおうちにも連絡します」
そう言って、さっき私たちに見せてくれた証明写真のある書類を手にして、部屋の隅、私たちがいるのと反対側の隅へ移動してどこかへ電話をかけている。
数名の男性は大学の事務の人なのだろうか。
「こうたり」を取り囲み、何か色々と話を聞いている。
「いえ、違います」
「ええ、そうです。交際しています」
「いえ、単なる意見の行き違いで」
「勘違いですよ、ええ違います」
「こうたり」が何かそんなことを答えている言葉だけが耳に入ってくる。
どんな声をしているのか、それは残らず言葉だけが。
そんな、印象に残らない声だった。