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幽閉の身で死出の旅路へ  作者: 久米 藍
一章
9/52

痛みにも似た痺れ

たどり着いた場所は一つの黒いビルだった。周りのビルが倒壊し、ガレキの山に一つだけ残ったこのビルは異質なものとなっている。倒壊したビルはまだ土煙を吹き出しており、破壊されてからまだ時間は浅いことを示していた。残ったビルの丁度真中、四十四階辺りと思うところに大きな横穴が広がっている。そこから例の音が鳴り響く。


「誰かと、戦ってるのか?」


断続的だが、一種のリズムのようなものがある。実力が拮抗した者同士の熾烈な争いだと想像した。それでも、この光景を前に、考えを改めようとした。被害が甚大すぎる。戦っているだけで、この惨状を作り出せる存在にこれから会いに行こうとしているのだ。


「彼女、俺のことも壊そうとしてたけど、事情話したら分かってくれるかな」


 今更怖気づくが、怖がっていると自覚できているだけ、割合冷静なのだと思う。思いこむことにした。

 ビル内部に入り込む。内部はアイゼの家があるビル内と基本変わらず、違いはまぶしいほどの灯りがついていないことだった。直ぐにエレベェタ―前に着く。ガラス扉は問答無用に突破した。

 スイッチを押すが、まったく反応らしいものが無い。だよな。

八門ある全てが反応が無いことと、明かりが全く点灯していなかったことから、電力が止まっているとわかる。


「階段もやっぱりないし、この国は停電なんかを全く想定してないのか」


 栓のない愚痴を零しつつ、エレベータの扉に立つ。両手を扉の隙間に手を突き込む。慣れてきたので、余裕をもって開閉できた。

 やはり灯りはついておらず、顔に穴が空いていなくても機能を停止しているエレベェターボーイが居た。

 エレベェター内に入り、天井を見上げる。やはり天井扉があった。


「なるほど、こんな時のためのものだったのか」


 とぼけたように云っても、上から届く戦闘音が心の弛緩を許さない。

  


ケーブルをよじ登って気づいたことは、この身体は果てしなく重いということだった。確かに銃弾を弾き、超高所からの落下に耐えうるだけの質量はあるはずなので、おかしいことではない。

 何十にも束ねられたケーブルが最後の一本になったあたりで、戦闘音があった階層にたどり着き、エレベェターの扉に張り付いた。下を覗きこむ気にはなれない。落ちても死なないことと、恐怖は関係しないようだ。


「やるようになった。ミナ。やっぱり時間があれば強くなると思ってた」


 聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえ、心の中で慌てふためきながら、背に掛けているライフルを胸の前に。誰かと戦っていたのだから、最低でもあと一人いるはずだ。

アイゼは音を出さないよう隙間に指を突き立て、ゆっくりねじるように広げる。広げた穴を使って覗き込む。

 入り口前の開けたスペースに、ヴァ―ナがいた。更に別の人物もいる。

 フォーク状に続いていたはずの廊下は更地になっていた。床だけを残して部屋といったものは全て吹き飛んで、広いスペースが作られている。外からこの場所を確認したら、大口を開けたようなビルの姿が見られるはずだ。

 アイゼから向かって左側にハンマー女がおり、反対側に壁に背をつけ項垂れている人物がいる。手には真っ黒な柄に白銀の刃を生やした刃渡りが異様に長く、剣とも形容できそうなナイフを持っているが、握りが弱いのか左右に揺れていた。


「……」  

 

ミナと呼ばれた人物は絵具を塗り付けたような真っ赤な髪に、繊細なビーズ細工のような紅蓮の瞳だ。ヴァ―ナがアイゼに人を尋ねた際に訊いた容貌と合致している。

彼女もアンドロイドか。

ミナは左腕の肘から下が吹き飛んでいて、左の脇腹もくりぬいたように無くなっている。アイゼからは左側面しか確認できず、もっと重症かもしれない。怖気づく心を宥めながら、状況の把握に努める。ヴァ―ナは五体健在のようだが、少し重心が不安定だ。ぼろ切れになった旅装に身を包んでいるため確認はしにくいが、まったくの無傷というわけではないようだ。


「ミナ。あなたはもう死んでいるの。心中システムを使って自害した。だから、いま貴方が存在していることがもうダメ」


「……」


 ヴァ―ナの言葉に、ミナは答えない。


 死んでいる? 心中? 何て云った?


 ヴァ―ナが淡々と何かしらをの説明を展開しているが、アイゼには理解が及ばない。死んでいると示されても、簡単には信じられない。赤髪は発声こそしないが、苦しそうに肩を上下している。アンドロイドだから生きていない、という意味だろうか。

ミナもアンドロイドだ。重症で生きていられるのだから。それでも、窮地に追い詰められた彼女の様相は、人間の精神を持つアイゼから見ても壮絶だった。


 人間みたいだ。


 ヴァ―ナは起き上がろうと足掻いているミナに向かって歩き出す。足取りはゆっくりと、踏みしめるように。ミナはビルに空いた穴から飛び降りるためだろうか、身体をずって移動するが間に合いそうにない。

 あっさりとミナのもとにたどり着いたヴァ―ナは、気負わずハンマーを振り上げる。


「…………、か…」


 ミナは最後の力を振り絞って、腕を立て身体を起こそうとしている。

 何故、仲間を助けてくれたはずのヴァ―ナがこんなことをしているのか。何故、アンドロイド達が殺しあっているのか。疑問に思うがそれはアイゼには重要なことではなかった。


「俺のほかにも。まだ、いるんだな」


 嬉しかった。

この世界に、まだ死にたくないと叫ぶ奴がいる。

俺も同じだ。

助けたい理由はそれだけだ。

足先を覗き穴に突っ込み、一息で広げる。扉がひしゃげて、人が一人通ることができるほどのスペースが生まれた。無理に広げたことで、S字型に歪んだ扉に銃身を立てかける。ヴァ―ナがこちらの存在に気づいたようで、アイゼに視線を向けたが、焦らないよう努める。

自らの身体が脱力し、肩が下がったと同時に引き金を引く。

ヴァ―ナはミナに振り下ろしかけていたハンマーを、即座に弾丸を叩き落とすために動かしたが、蹴りならともかく、弾丸では間に合わなかったようだ。当たった。アイゼは右側頭部を狙ったが、ヴァ―ナがこちらに振り向いたため、眉間に命中する。彼女は弾かれたように上体を倒し、床を全身で滑った。


早くしないと。


一矢報いたと拳を突き上げることもできない。傍らで座った体制のままでいるミナに近づきつつ、必死で呼びかける。


「早く逃げてください」


「早く逃げて」


 ミナに云い返されたのかと思ったが、そうではない。彼女は今だ虚ろな目をして坐っている。姿勢を持ち直しかけていたヴァ―ナがこちらに切羽詰まった表情を向けている。


「その子に人殺しをさせないで」


 状況が把握できない。再びミナに視線を向ける。


「……死エ」


 真っ赤な瞳が見ていた。耳障りなノイズを含んだ声音が、ミナの口から流れる。先ほどまでの触れたら折れてしまいそうな雰囲気は鳴りを潜め、全身から危険信号を振りまく存在に変貌していた。

アイゼは自身の落ち度を理解した。

 座り込んだ体制のままだったミナの身体が、ノーモーションで跳ね上がった。残っていた右腕一本で全身を持ち上げると、手に持っている剣を斜めに振りかぶる。

 明らかにこちらを攻撃しようとしている。


 演技だったのか?


 そうとしか考えられないが、どうも納得がいかない。納得できずとも、刃は向かってくる。このままでは刃は肩口に達する。それでも、この身体を傷つけることができる威力だとは思えない。むしろ、身体を前面に押し出して刃を押し返せば、後の展開に有利になると判断した。避けずに足を踏みしめる。

 この身体の頑強さに慣れきっていて、油断していた。ミナはヴァ―ナの口ぶりから、彼女と決して薄くない関係性であると判断できたはずだ。故に、この身体を破壊できる術を持っていてもおかしくないはずなのに。


「……糸?」


 アイゼの呟きに呼応するようにミナの身体の隙間から、白銀の糸と形容できるような細長い存在が生えてくる。それが彼女の手や足、腹部、顔、持っているナイフにまで巻き付き、覆いつくしていく。その工程はミナが振りかぶってから、振り下ろす体制になるまでのほんの少しの間に起きた。

 繊細な赤に彩られていたミナの赤い瞳に、ランプが点灯したような、風情のない真っ赤な原色が差し込まれる。


「避けてッ」


 ヴァ―ナからの警告だろうが、そちらを見る余裕はなく、そう云わても間に合わない。


 無理だろ。避けられない。


このままいけば、肩口に切り込まれた刃は脇腹を通り抜けるはずだ。


 結局、ここで終わりなのか。


 今までのことが脳裏を過ぎていく。これでは、なんために目を覚ましたのか分からない。ずっと、あのまま意識を持たず徘徊していれば、混乱もせず、苦しみもせずに済んだ。何の期待も持てない今に戻らずに済んだのだ。


 馬鹿か、遅いんだよ。


 もう目を覚ましてしまった。死にたくないと思ってしまう。だから、悩むのはもう遅い。

 生きるための行動をするしかない。

 アイゼは振り下ろされる刀身に視線を注ぐ。迫りくる刃の圧迫感に目を逸らしたくなってしまうが、注視し続ける。


 一か八かだ。


 これまでのことを振り返る中で思いだしたことがある。

それに掛けるしかない。


「ああああッ」


 情けなく叫びつつ、アイゼはミナが振り下ろす刀身に向かって、頭を突き出した。頭頂部より少し前側、額で剣戟を受け止める。拮抗はほんの一瞬で、視界にヒビが入った。顔のバイザーが割られたようで、頭が砕けたわけではない。と信じる。首を横に反らし、刃が頭の表面を削り取るように滑り、刃が地面に深く突き刺さる。


 避けきった。


 ヴァ―ナのハンマーを受けたとき、ビルから真っ逆さまに落ちたとき、どちらも頭で受けていた。したがって頭が一番頑丈であると仮定した。それでも、受け流せていなかったら身体を半分にされたことは目に見えていた。


 痛い? 痛みなのかこれ?


 痛みというより、痺れに近い不快感に悶える。一瞬何も考えられなくなった。

 既にミナが持ち上げる要領で刃を切り替えしていた。また狙いは頭だ。避けた体勢から頭を引こうとするが、身体が云うことを訊いてくれない。何が起こっているの見えてはいるが、頭が追い付いてくれない。うなじから流れるアラームの音がうるさくて堪らない。

 もう、避けられない。


「そこまで」


 遠くなる意識に、待ったを掛けられた。

 刃先がアイゼの頬を掠めかけた時、頬と刃の間に、鎖のついた円柱が挟み込まれた。円柱は刃を受け止め、衝撃を受け止めた鎖が波を打つ。

 鎖の元を辿ると、それはヴァ―ナの右足に巻き付いていた。ヴァ―ナは円柱から伝わった衝撃を、地面を踏みつけることで逃がすと、地面に亀裂が走り、壁にまで到達する。

 アイゼは足腰に力が入らなくなり、糸が切れたようにその場に頽れた。最初の一撃でとっくに限界を迎えており、視界が霞んでくる。もしかして、死ぬのか?

 ミナはもうアイゼを見ていない。ヴァ―ナだけに視線を留め、アイゼに背中をさらしている。

 背中を見せるべきでない相手を理解している。

ミナは得物を自身の顔の側面まで持ち上げ、切っ先をヴァ―ナに向けた。アイゼに向けた獣と見まがう様子とは打って変わり、落ち着いている。

異常な情緒の変化だ。ヴァ―ナはそれを黙って観察するような眼差しを向けたまま、謝罪する。


「ごめんねミナ。私のせいで殺させちゃうところだった」


「…………」


ヴァ―ナの謝罪にミナは返答せず、瞬きはしない。

 アイゼは地面に頬を付けながら、二人の様子をただ眺めることしかできなかった。

ヴァ―ナは突然、その場で回し蹴りを行う。


「これで終わらせるから」


 旅装が空気を含んで膨らみ、フードを剥いだ。

アイボリーブラックの長髪は、横穴から差し込む日の光を全く反射せず、前髪は一文字で、コルク色の瞳孔にかかる程度だ。四肢はしなやかで、筋肉の筋がうっすらと浮かび上がっている。しかし、アイゼが目を引かれたのは胴体だ。


なんだ。あれ。


ヴァ―ナの腹には大きな歯車があった。それを一番にして、大小さまざまな歯車が身体中を埋め尽くしており、異常な速度で回転を続けている。

周り蹴りの遠心力で、鎖がヴァ―ナの身体に纏わりついていく。触れたら壊れてしまいそうなその身体に、容赦なく巻き付き、鎖の先に繋がれていた円盤が、彼女のうなじに叩きつけられ、円盤は多足生物のような足でそこに取り付く。

円盤の底面から、銀色の糸が紡ぎだされていく。それはヴァ―ナに纏綿し、全身に広がり続け、手に携えたハンマーへも浸食する。


「ミナ、あなたを解放する」


宣言する瞳は強い。黒髪に銀髪が混ざり、歯車の風圧になびいた。

ああ、そうか。これか。

薄れゆく視界の中で、得心した。

これがあいつらを殺せた力だ。

つまり、俺を殺せるんだ。

限界だったのか、ヴァ―ナの圧力に気を削られたのか定かではないが、アイゼは気を失った。



 食卓には三人が坐っていた。いや、俺を入れれば四人だ。食事中だろう。食卓の上には人数分の料理が並んでいる。隣のまだ幼い男の子は俺の皿から揚げ物をくすねることに精力的だ。俺は男の子のおでこを手で押して阻止する。俺の手は人間のそれで柔らかい。向かいの男性は笑っている。女性は俺たちの争いを口頭で注意しながらも、止める気配はない。俺も笑っている。

本当は揚げ物を最初からくれてやるつもりだ。

結局あげたんだっけ? よく覚えてない。



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