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幽閉の身で死出の旅路へ  作者: 久米 藍
一章
7/52

決定打がない

そのまま徒歩で、数時間は移動した。

アイゼは目の前の建物を見上げる。それは目を覚まして最初に見た、影が掛かったように黒いビルと、なんの遜色もない外観の建造物だった。両隣も全く変わらない。写し取ったように一緒だ。

この建物の周囲だけ、道路や壁に銃痕らしき穴や大きくへこんだ跡が無数にあり、足を取られそうになった。バダトはここで案内を切り上げる。


「ここの、えーっと…………部屋の場所までは分からんから。自分で探してくれ」


――これだけ大きい建物を一人でか……分かった。


根元から見上げると頂上が見えないほど、この建物は高い。全てを確認するとなると、かなりの時間がかかりそうだ。


「じゃな」と云い残して、バダトはあっさりと今来た道を引き返していく。


アイゼはまだ訊きたいことがあった。


――バダト、幽閉体って知ってるか?


「いんや、知らん」


 バダトは興味なさげに答えた。どこで訊いたとか、アイゼが問いかけた意図すらどうでもいいといった様子だ。


――分かった。ここまで連れてきてくれて助かった。


礼に対してバダトは右手の甲を軽く見せる。あっという間に背中がかすんでいく。名残惜しくはない。記憶があったら、そんなことはなかったのだろうか。

入り口はガラスだった。近づくと、自動的に無音で開く。それがひどく寂しく感じて、入るのに躊躇した。入室すると、そこは待合室のようで十五列ほどの椅子が並列している。呆気にとられるほど広々としていて、過剰なほどの明かりが全席を全方向から照らしている。


ここに住んでいた人間全員が座ったら、これでも全然足りないだろうな。


床はつるつるとしていて固い。この体では歩くたびに貴金属をたたき合わせたような音がする。

突き当りにまたガラス扉があり、横に窓口らしきものが添えてあった。窓口は突き破られたような穴が開いており、窓口の中にはロボットがいた。配置されていたらしいボールのように丸いロボットはぐちゃぐちゃになっている。

そのロボットは握るにはちょうどいいサイズだなと、そんな感想を持った。ガラス扉に手をかざすと、無音で開く。


ここのロボットを壊したことで、このガラス扉を開けたのか。


住居スペースに入る。両扉が八つ並んで現れた。扉そのものが液晶になっているようで、全ての扉は画面いっぱいに八十七と表示している。そして、横にスイッチがあった。階段やそれに類するものは見当たらない。


――これはエレベータだよな。画面の数字は階層か。全部八十七階層……。


上矢印スイッチが一つあるだけだ。こうしていてもらちが明かないため、上ボタンを押す。ややあって、耳を澄まさなければ聞こえないほどの稼働音が扉向こうから聞こえる。画面内の数字が徐々に小さくなる。

アイゼは液晶に写った自分を見据える。角ばったところも顔もない、何処から見てもただのアンドロイドだ。もし、あの窓口のロボットが稼働していたら、通してもらえたのだろうか。

ポーンと到着を告げる音が響く。一と表示している画面が左右に割れた。


「お待たせいたジました」


 扉の先には一人の女性型アンドロイドが待機していた。先のヴァ―ナとのやり取りもあり、反射的に攻撃に備える。


「お待たせいたジました」


…………。


「お待たせいたジました」


――人型だけど、俺とは違うな。


そのアンドロイドはよく見たら両足がくっついて一本の足のようになっている。足は床と一体化しているようで、動くことができないようだ。


そして、顔面が半壊している。殴りつけられたのか、顔の表面が歪んでいた。


「お待たせいたジました……ご都合が悪くなりまジたなら、扉前から立ち去れば、自動的に閉ジジまります。応答できない場合、緊急性ありとして、緊急通報いたジます」


定型文しか発しないため、ただの業務用ロボットだと判断した。エレベータガールロボットだ。中に立ち入る。


「何階にいたジまジょう」


内側にボタンらしきものが存在せず、少し焦ってから、音声認識だと気づく。


「何階にいたしまジょう」


――八十七階。


認識したらしく、扉が閉まるとすぐに身体に負荷が掛かり始める。上っているようだ。何気なく天井を見上げると、天井扉が付いていた。修理業者が使ったりするのか。


――何百年もちゃんと稼働しているものを、修理する機会なんてあったのかな。


この国が滅んでから、かなりの月日が流れているとすれば、本当に長い間この建物には誰も訪れていない。唯一訪れていたのは、恐らく一人だ。そして、そいつは人間だと窓口に認識されない。そいつは八十七階に足しげく通っていたようだ。

何かをなぞるように動いている気がする。このロボットの顔に空いた穴も、修理されないということは崩壊後にできたもののはずだ。誰が開けたのか。


「到着しました。足元にオぉきおつけクダさい」


――ありがとう……。ごめんな。


出ると、豪華絢爛とは云えないが、これまた広いスペースにまばゆい光が降り注いでいる。先の廊下がフォークのように伸び分かれ、全ての廊下の突き当りまで扉が並んでいた。しかし、扉が外れかけていたり、そもそも扉が無かったりする。室名札も読めないほどに破壊されていた。これまで見てきたものを思えば、以外でもなんでもない。


一番左の通路を歩き手前の扉を開く。ひどい。


中は凄惨なまで荒らされている。壁にはこぶし大ほどの穴や、抉り取ったような創痕が目立つ。中に立ち入ると、家具は全てひっくり返され、ソファや本棚など、中身があるものは抜き取られている。窓は叩き割られていた。そこまで確認して、部屋から立ち去る。

隣の外れかけた扉を潜ると、似たような様相になっている。それからは廊下から室内を覗くだけで確認していく。

一番左の廊下から、その隣の廊下、更に隣の廊下と部屋を浚っていき、最後の廊下に差し掛かる。

その部屋が異質であることは、直ぐに分かった。扉に生々しい傷が無く、あったとしても、小石を擦った程度の傷だけだった。日常生活で刻まれる程度だ。

扉に手の平のマークが表示されている。恐らく、手をかざすことで人物を特定するシステムだと察した。ほかの扉はすべて破壊されていたため、この建物の扉にこんな機能があることすら知らなかった。

手をかざしてみる。果たして、拒絶を知らせる耳障りな音がして、扉はびくともしない。だよな。


どうにかして破壊できないか、これまでの道筋を思いめぐる。破壊者の考えが手に取るように理解できる。


――この部屋だけは壊したくなかったんだな。


それでも、記憶のない今では何の感慨もない。

今までの破壊の形跡は、どれも道具などを使った形跡が無かった。


なら、いけるのか?


入り口の扉にはわずかな隙間もない。仕方ないので、指を突き出す形で固める。身体のフォルム状、指先がかなり細長くなっている。扉の端に力一杯指を突き込む。なんとか、扉に指が突き刺さる。そして握力を利用して、思い切り握り込む。

扉の端が熱された鉄のように指の形に変形する。そこにもう一方の指を入れ込み、踏ん張りを利かせて思い切り引っ張った。


何かが千切れたような音と共に、ドアが外れる。外れた勢いのまま後ろの壁に背中を強打するが、痛みなんてものはない。手に持つドアを放り捨て、玄関に足を踏み入れる。


そこは別世界だった。まったく部屋が荒らされていない。当然だ。この部屋はずっと誰も侵入していないのだ。玄関には革靴や音の鳴る幼児靴。それなり高いヒールの靴や若者が好みそうなスニーカーが散乱していて、ほこりを踏みつけていた。玄関を上がって廊下を進むと、側面にドアが二枚あり、突き当りにはリビングに続くはずの扉がある。息を殺すように歩きながら、突き当りのドアを開く。覚えてはいない。ただ、わかる。


部屋の間取りは他の部屋と何も変わらず、家具もあまり目新しいものはない。違うとすれば、空気が違う。窓が割れていないためか、外部の世界から隔絶されている気がする。窓から陽光を取り込んでいるにも関わらず、薄暗い。むしろほこりが光って目立つだけ、印象を暗くする。壁に備え付けてあったスイッチを押すと、パッと室内が明るくなり、ほこりが目立たなくなった。


手前にはキッチンがあり、食器はあっても食材はない。食器はどれも均一的だが、先の丸いフォークや持ち手の色が派手なスプーンが紛れている。

真ん中にソファが間延びした「コ」の字に並んで、リビングを占拠していた。ソファカバーが剥がれているところがあり、それを直す。


脇に何も植えられていな鉢植えがある。何か植えてあったのかもしれない。


食卓らしき机には椅子が四つあり、一つの椅子は乱暴に引いたままになっている。それの背を掴んで、机に仕舞いなおす。


決定打になるものがない。


祈るような気持ちでリビングから廊下に戻る。二つあるドアの内、手前のドアにはネームプレートがぶら下がっていた。名前が読めないように、視界から外しながら努めて無視する。もう一つのドアの扉の前に立ち、何も変哲もない扉を見つめた。ネームプレートをぶら下げる年頃でもなかったようだ。取っ手を捻る。


何処にでもありそうな、こじんまりとした部屋だった。一番最初に、向かいにある窓が見える。そこからの日差しを避ける位置に、トロフィーがあった。ショーケースに入れられたそれは、鈍い黄金に輝いていた。隣り合うように、写真立てが置かれていた。記憶を失ってからでも、見覚えのある連中が写っている。壁には銃を立てかけるためのガンラックが付いているが、何も飾っていなかった。入り口とは対極に位置するところに、一段とほこりをかぶっている机がある。そこにも写真立てがあった。写真を底にして倒れている。手に取って、ほこりを払う。


どこかで見たような、生真面目そうな顔をした男性と、柔和な表情で笑っている女性、その膝に幼い子供が座っている。まだ性別も分からないような年頃だ。彼らの横に立ち、子供の頭に手を置いている…………。


――誰だよ。こいつ。


父親に似て、大した特徴もない青年だ。決して危ないものを、例えば銃なんかを振り回して遊ぶようには見えない。人は見かけによらないものだ、と、改めて思う。


決定打になるものが無い。


写真を持ったまま、部屋を出る。リビングに戻り、窓に近づく。窓にカギはかかっておらず、窓に触れてスライドしようとするが、滑るばかりで開いてくれない。いっそ割ってやろうかとも考えたが、本気ではなかった。大人しく取っ手を掴み、ゆっくりと開く。

 外はベランダになっており、手すりが一本伸びている。そこに肘を掛けて、下を覗く。


――ああ。そういうことか。


上から見ると、この建物周辺にあった凹みが、何かを落としたような丸みを帯びているのがわかる。


決定打が無い。生きていていい理由が何もない。


目が覚めてからずっと探していた気がする。目を覚ましてしまった意味を、訳を知りたかった。だから、ヴァ―ナから訳も分からず逃げ出した。家族も探した。


それでも、見つかるものは全て「終わってしまったもの」なんだ。


メッセージなんてものは無いし、誰かとの約束もない。何のために生きているんだ。そもそも、生きていると云えるのか。


爆発が起こった。はるか遠くだ。身体を心から震わせるような振動が起こり、隕石が落ちたかのようなぐぐもった音が響いてきた。


――あっ


写真立てが手の中から滑り落ちる。もう片方の手で掴もうとするも、間に合わない。手すりに足を掛ける。そして、飛んだ。

写真はすぐに捕まった。今度は落とさないように胸に抱く。あまり強く抱くと、壊す恐れがあるので、赤子を包むような気持ちで抱きすくめる。


わざと落としたのかなぁ。


そんなことを思いながら、身体が風を切る音に黙って耳を傾ける。視界を閉じる。何もかも遮断する。出来る限り。


…………。


閉じる。


………………。


全てを終わらせる。







視界は閉じたまま。今は何の音も聞こえず、沈黙すら生ぬるい静謐がある。頭から衝撃が始まって、足先まで伝わった。真っ逆さまに落ちたので、頭から落ちたのだと判断した。手足は投げ出さず、身体を丸めて落ちた。抱えているものがあるからだ。


そうだよな。


諦めて、視界を開く。空には線が引かれていた。仰向けに倒れていることがわかる。おもむろに手足を投げ出す。身体の周りには小さなクレータ―ができていて、手足が引っ掛かる。

この結果は嫌というほど、この家にたどり着くまでに見せつけられていた。エレベータは全て八十七階で止まっていた。毎回降りてきていたなら、最低一つは一階で待機していないとおかしい。階段もなかった。

落ちた衝撃で凹んだ地面を肘で擦る。

入り口付近にも似たような穴がいくつもあった。前のアイゼが付けたのだと思える。大方、部屋を荒らしまわった後に、投身するという流れだったのだろう。

暫く、空も眺めずに虚空を眺める。色々なものを突き付けられ、疲れてしまった。ずっと、このまま四肢を投げ出して寝転がっているのも悪くない。そう思った。

勝手に、腕が視界に覆いかぶさる。


――あ?


何が起こったのか理解できなかった。慣習的にそうしてしまったような、無意識に突き動かされるように視界を、目を覆っていた。

心臓の動悸が激しくなる。この身体に心臓は無いと思うが、それに準ずるものがあるのではないかと疑わしくなるほど、身体が震え、激しく力んだ。


――どうなってんだ。 これ。


頭が上手く働かない。ついさっきまで活用していた思考のプロセスとは明らかに違うところが活発になり、進んでいる。どこかへ到達するために進み続けている。

もう人間じゃないんだ。

家族もいないんだ。

記憶の中にすら。

大事なことがたくさんあったはずなのに。

怖かった。信じられないほど、本気で神に祈ってしまうほど、八十七階から飛び降りるのは怖くて仕方がなかった。もしかしたら、何かがまかり間違って、壊れてしまうのではないか、たとえ、そうはならなくても、記憶にまた障がいが出てしまうのではないかと、心配と不安で堪らなくなった。


何考えてんだよ。それでいいだろ。


この状況なら臨むべき展開だ。ほかの奴らなら喜んで飛び込むはずだ。なぜそうならなかった。もう道は残されていない。もう終わったんだよ。俺のすべては。


うなじのアラームは鳴り続けている。それに呼応するように、気持ちがどんどん溢れてきた。嗚咽も涙もない。そんな無駄な器官はこの身体に無い。

ふと、胸元に視線を向ける。大事なものを抱きかかえていたはずだ。写真はあった。

写真立ての縁は歪み、その歪みに合わせて写真は折れ、写真を保護するガラスも割れていた。これも当たり前。飛び込んだ時には、もうわかっていたはずだ。


「あ」


分かっていたはずだ。こんなもの、もう何の意味も必要もない。たとえ、この先に生きてくとしたって、なんの役にも立たない。


「あ……あっ、あああー―」


死んでなくてよかった。まだ命がある。まだ動く身体がある。


「ああああああああああっあ、あ、ああああああああああああああああああっっあっあああ」


 まだ、生きたいんだ。


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