知らなかった負い目
コンクリート打ちの飾り気のない室内に、空気をつんざくような音が轟く。撃った弾丸は、的に空いた穴に全て吸い込まれていき、後ろのコンクリートを砕き跳弾した。続けて二発、三発と撃ちこんでいく。最初は不快だった音にも慣れてきた。店の裏側には射撃場があった。連れてきた張本人はアイゼをほったらかしにして、射撃に興じている。
「俺のことも全く覚えていないと……まあ、薄情とは云わねぇが」
――好きでこうなったわけじゃないんだから、あまりいじめないでくれ。
目線を的に向けたまま呆れたように云う彼に、アイゼはきまり悪そうに答える。
ここに向かう途中で記憶を失っていることは看過された。こちらから言い出したわけではなく、彼が言い当ててきたのだ。彼は自身をバダトと名乗った。アイゼは最低限の警戒以外はやめることにした。名前を知っていること、記憶が無いことをすぐさま見抜いたこと、記憶を失う前の自分を知っていることは確かなはずだ、と判断した。
ハンマーを担いだヴァ―ナが、すぐそこまで迫っているかもしれないと不安にもなる。そ
れでも、今は何でもいいから情報が欲しかった。 確かなものが欲しい。
――バダトは銃の扱いが上手いな。
会話を接ぎ穂を得るために素直な感想を云うと、バダトは射撃の構えを辞めて、無機質な顔をこちらに向ける。
「……俺たちのチームの中で一番腕が立ったのはお前だよ」
――チーム?
疑問を口にすると、バダトはある場所を指さす。そこには変哲もない木製の机があり、机上には雑誌がある。椅子から立ち上がり、それを手に取る。かなり朽ちかけているが、塵にはならず本の形を保っていた。表のマガジンラックにあった雑誌と同じものだったが、号は違う。中身をパラパラと流し見る。ある一枚の写真に目が留まった。
五体のアンドロイドが群がり、一つのトロフィーを掲げている。その中には目の前にいるバダトの姿がある。そして、
ショウウインドウに写ったマネキンが真中にいた。
「俺たちはフルメタル・ガンズって競技で、それなりに有名だった」
謎が解けた気分だった。何故バダトと対峙したとき、自分が銃をすぐさま活用できたのか。身体にしみこんでいたのだ。バダトは自身の身体を示した。
「操作用のアンドロイド{偽体}に脳波を写して身体を操って、古臭い銃器を使って……本物
のな、撃ち合うんだ。実弾で。お互い丈夫な偽体だから、思い切り撃ちあえるし、万が一壊れても肉体は何ともない。高い修理代はかかるがな」
バダトの顔は表情が分からないため、声音でしか判断がつかないが、恐らく楽しそうに紡いでいた言葉を切り「って触れ込みだったんだがなァ」と銃を雑誌が置いてあった机におもむろに置く。
バダトの話を聞きながらも写真を見つめ続ける。写っているのは五体だ。アイゼにバダト、他に三体いる。
異様に首と手足が長いアンドロイドがおり、ほかの二体にも見覚えがある。
彼らを指さして、バダトに尋ねる。声は震えていただろうか。
――こいつらは?
「だからチームだって云っただろ。仲間だよ」
アイゼの様子に気づく風もなく、バダトは呆れたように答える。続けて彼らの名前を暗唱しているが、頭に入ってこなかった。雑誌を乱暴に閉じる。数ページが抜け落ち、床にばらまかれた。拾う気にもなれない。彼らの行く末に思いを馳せそうになり、頭の中を絶叫で埋め尽くす。当時の事はまったく思いだせないが、納得することがあった。何故、彼らが破壊されそうな時、走り出すことができたのか。
結局見捨ててきた。
仕方がないと、自身に言い聞かせる。記憶を失っているあの現状ではどうすることもできなかった。たとえあったとしても、結果は変わらなかったはずだ。彼らには抵抗する意思が無かったのだから。
俺は悪くない。どうしようもなかった。
「あいつらもお前と一緒にふらふらしていたと思うが、どうした?」
――知らない。
肉体だったならば、全身の産毛が逆立っていたはずだ。次は心で思う。
本当だ。
あの時は、彼らのことなんて知らなかった。
思考を中断するため、瞳を閉じる。瞼も眼球も存在しないが、視界がブラックアウトする。大きく息を吐こうとすると、肺など存在していないことがわかる。この身体は外部から何も吸引していない。
視界を開くと、バダトは無言でこちらを見つめていた。それに少し驚いて不自然にならない程度に顔を反らす。
「まあ、あいつらも諦めちまっていたしな。どっか行っちまったか」
バダトの顔を見ることができなくなった。