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幽閉の身で死出の旅路へ  作者: 久米 藍
四章
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元には戻さない覚悟


「俺はまだ死にたくない。思い残したことがあるんだ」


「家族のこと?」


「いや、家族のことは十分思いだした。俺が心残りなのはヴァ―ナのこと」


「……」


「ヴァ―ナはさ、仲間を全員解放できた。これで彼らは一生死ねない牢獄の中で生かされ続けることはない。でも、ヴァ―ナはどうやって死ぬんだよ」


ヴァ―ナは黙ってアイゼの話に耳を傾けている。言い返さない。言い募る。


「俺が死んだあと、ヴァ―ナは一人だよな。誰もヴァ―ナを殺すこともできない」


「それは」ヴァ―ナは足を組む。「好きな時にハンマーで自分の頭を叩けばいい」


「無理だ。ウイルスが許さない」


「アイゼがどうしてわかるの?」


ヴァ―ナはそう云ってから、目を見開いた。予期せず語句が強くなってしまったようだ。アイゼはその様子に気づかないふりをして答える。


「ヨオギに開けられた穴、俺もさっき確認したけど、綺麗に塞がってるよな。銀糸で塞いだだけじゃない。右肩だって問題なく動くみたいだ」


ヴァ―ナは自身の身体を見下ろした。「……」


「オータの銀糸に取り込まれて分かった。このウイルスはただ死にたくないだけなんだ。宿主が自害しようとすれば、その身体を縛り付けるだけで済んだけど。心中システムは防げなかった。身体を縛ればいいってわけじゃないからな。死にかけた身体をウイルスが無理やりに生かすことで、暴走体が生まれた」


「それは間違いじゃない。……と私も考えてる。でも、だからどうした?」


ヴァ―ナは焦りを隠すように椅子に背中を預ける。


「私たちの関係は、契約から始まった。アイゼは暴走体であるために、最後に私に殺される。それを今更反故にしようなんて、アイゼの目的が分からない」


最後までしらばっくれるつもりらしかった。


「ヴァ―ナは俺と同じだ。暴走体だ。勝手に身体を修復されてしまうほど、ウイルスに主導権を握られている。この先……俺が死んだあと、ヴァ―ナが死ぬほどの負傷をした時、ウイルスは生きようとして暴走するはずだ。そうなったら、ヴァ―ナはどれだけの日々を一人でいなくちゃならない? 誰にも殺せない存在として、意識もないまま」


アイゼは自分に表情があったら、どんな顔をしているだろうと想像した。目の前の顔と同じだろうか。


「私は機甲オートマタ。人間とは違う。そんな運命が重荷になることは無い」


「ヴァ―ナには自我がある。そう云ったのは君だぞ。人間とどこが違うと、君は俺に尋ねたんだ」

今思いついたというようなヴァ―ナの言葉を、アイゼは切り捨てる。

彼女はかつて、自分には自我があると口にした。人間であったアイゼより自信をもって。


「なんで」


ヴァ―ナは椅子から立ち上がる。


「なんで今更そんなことを云いだす?」


痛いところを付かれた気分だった。


「今更になって、ようやく気付いたからだよ」アイゼは慙愧しながら云う。「俺は自分が死ぬっていうことの大きさに気を取られて、その後のことを全く考えなかった。自分のことしか頭になくて、でもヴァ―ナには先があるんだって、やっと気づいたんだよ」


ヴァ―ナと共に休憩を取った時、初めて彼女の今後を想起してしまった。そうすると、何故今まで何も感じずに一緒にいられたのか分からないほど、悲しい結末が想像できた。

アイゼは椅子の縁に触れた。


「気づいたからには、俺はまだ死ねない」


「ダメ。約束を守って」


「なんでだよ? このままだとヴァ―ナは死ねないまま一人で」


「それが一番綺麗な形だから」


「ヴァ―ナ一人残して俺だけ、のうのうとリタイアすることのどこがマシなんだよ」


アイゼ威圧するように尋ねたが、もちろんヴァ―ナはその程度では怯みもしない。


「さんざん見てきたはず。クラクスとビニーはどうなった?」


その声はどんどんトーンが低くなっていく。

急に懐かしい名前を出されて、一瞬思考が混乱する。それでも、その二人のことについては記憶の中から引きだされた。自分と瓜二つの身体を持った、友人。その彼が愛した暴走体のことも。


「二人は一緒にいることを選んだ」


「一緒に死ぬことを選んだ。そこのヨオギは」


ヴァ―ナは瓦礫の山を指さした。そこには複数のアンドロイドと、ヨオギが眠っている。


「私たちが居なければどうなっていた? あと少し間違えば、ずっとあのままだった。オータは死んで、ヨオギは無限にも近い時間を彷徨い続けるところだった」


もしも、俺たちがいなかったら?


想像しようとして、うまく形にできない。ただ、その塊が酷く冷たく、重いものだということは理解できた。


「俺たちは分からない。かれらとは状況が何もかも違う」


「楽観が過ぎる。なってからじゃもう遅い。……いや、もう遅い」


形勢が不利になってきたことを悟り、語気を荒くするアイゼに対して、ヴァ―ナは冷えている。凍えていると云ってもいい。


ここが分かれ道だ。アイゼは確信した。


ヴァ―ナは回り込んで、椅子に座るアイゼの前に立った。


「これが最終通告。契約に従って」


「断る」


即答してやった。椅子に立てかけてあったハリバンを手に取り、サイドバックから残り一発の銀弾が装填されたマガジンを取り出して銃に込める。


「最後の最後に自分だけ取り残されるのが、一番綺麗な形だ? そんなの俺がぶっ壊してやる」


「無茶もそこまでにして。私とアイゼが本気で戦ったら、どっちが勝つかなんてわかり切ってる。断言してもいい。私は貴方の弾には絶対に当たらない」


自信なんて微塵も漲らせずに、ヴァ―ナは淡々と告げる。そしてそれが驕りでも、なんでもないことはアイゼが一番よく知っている。一番近くで彼女の一騎当千ぶりを見てきた。切望してきた。


だからこそ、彼女と対等になるために、無茶をすることにする。


対抗するための術がいる。

射撃の準備を整えているが、これはヴァ―ナに向けるためのものではない。


「失敗したら笑ってくれ」


アイゼは銃口を自分の顎に着ける。躊躇いなく引き金を引くと、視界がブラックアウトした。アイゼは可能性に掛けることにした。


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