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幽閉の身で死出の旅路へ  作者: 久米 藍
四章
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最初で最後の休憩

休憩に適した場所を探すことになった。寒風吹きすさぶ雪の上で座り込んだら、雪に埋まると思えたので、どこか屋根があるところが好ましい。見かけた廃墟の中で一番、建築物が外に露出しており、尚且つ、屋根の意味を果たす屋上が一番原型を保っている、バルコニーのようなスペースに目を付けて、二人はそこに腰を下ろした。腰を落ち着けると、自然と視線が交差する。


「この体勢じゃ、あんまり休んでるって云わない」


ヴァ―ナは、ほんの少し顔のパーツを中央に寄せて、困り顔を表出しながら云った。


「じゃあ、寝っ転がれば。今よりも身体が休まるはずだ」


「そもそも、私たちの身体に疲労はある?」


「あるんじゃないか? 少しはヒジやヒザの関節を労わった方がいいのかもしれない」


「そんなやわじゃないと思う」


「云ってる途中で、俺も思った」ハリバンを背中から下ろし、サイドバックのベルトを取って放る。


背中から勢いよく身体を倒した。硬い床と、表皮が擦れて一瞬火花が散った。ヴァ―ナは床を確かめるようにゆっくりと手を付き、床に頬ずりでもするかのようにそっと横たわった。コルク色の瞳ががこちらを見ていたので、見返す。彼女が視線を反らしたので、見るのを止めた。アイゼが動かずにじっとしている中で、ヴァ―ナはせわしく寝相を変えた。慣れていないのだろう。旅を始めてから、一度も休憩など取ったことが無い。最初の数年はヴァ―ナに何度も休みたいとの旨を伝えそうになったことがあったが、彼女に後れを取りたくない一心で耐えていた。果たして、何時の間にか休憩といった概念自体忘却してしまっていた。当たり前だ。そもそも意味が無いのだ。この身体は休息によって得る恩恵を享受できない。彼女も同様のはずだ。


ヴァ―ナは何も云わず、沈黙を保っている。彼女が何を思って、休みたいと提案したのか分からない。もしかしたら、様子のおかしいアイゼを慮ったのかもしれない。どっちにしろ、アイゼはどうしてあんなにヴァ―ナに絡んだのか、ようやく理解できた。


俺は最後にちゃんと話したかったんだ。


「なあ、ヴァ―ナ」と呼びかけると、ヴァ―ナは寝相を変えることを一時停止させ

「何?」と返した。


できる限り昔に思いを馳せる。意外と、最近の事より昔のことの方が良く覚えている。思い出を組み立てるように、言葉を選んでいく。

「……俺たちが最初にあった時に、あ、俺がヴァ―ナに泣きついた時じゃなくて、俺が目を覚ましたばかりの時に、ヴァ―ナ。俺に地理を尋ねたよな。あと、ミサを目撃したかってことも訊いてきた」


「この国の地理を詳しく教えて? あと、『ミナ』という奴を見なかった? 髪は赤くて、瞳も赤いはず」


ヴァ―ナは一言一句違わず、そらんじて見せたはずだが、アイゼはそこまで詳しく覚えていないため、確認のしようがない。アイゼは気を取り直す。


「おかしくないか? ヴァ―ナは暴走体の居場所は大まかに感知できるはずだ。なのに、どうして俺、というか俺たちに訊いたのか、それがずっと分からないんだ」


「……それは」


「云いにくいこと?」


「かもしれないけど、問題ない」


ヴァ―ナは上半身だけを起こす。


「正直、当時の気持ちは私には分からない。ただ、あの時、私は仲間を殺し続けてきて、丁度半分といったところだった。あれだけ苦労して、半分だけだって気づいた時、不安になった。直前の戦いがかなりシビアだったから余計そう思った。だから、あなた達を見つけたときに、訊こうとした。死なせてあげるから、楯になってくれなかって。でも、いざ前にしたら云えなくなった」


ヴァ―ナは二拍ほどの間をおいて「それだけ」と締めて、再び寝ころんだ。


「見損なった?」


「見損なう? あー、そっか。そういう感想になるのか」


「ほかに何がある」

ヴァ―ナは咎めるような声で問う。咎めないことを咎められるとかあるのか。アイゼは寝転がりながら足を組む。


「だって、結局止めたんだろ。実際俺たちにそれを持ち掛けたんだったら、複雑になるけど。止めたってことで、むしろ俺は嬉しくなった。ありがとうな」


「私が嫌がるの理解してのお礼?」


無い鼻で笑ってやる。ヴァ―ナはこちらを睨んでいた。


「嘘つけばよかった。それに質問するのは私、この休憩はそのために用意した」


「やっぱり、疲れたから休憩ってわけじゃないんだな」


「……次が最後だから、万全を期するって意味合いもある」


「むしろ、今まで突っ走ってきた分の勢いが無くなって、このまま寝っ転がり続けたい気持ちが出てきたぞ」


ヴァ―ナは両手を付いて起き上がろうとする。「じゃあ止める。今すぐ向かう」


「冗談だよッ。しっかり英気を養うよ」


ヴァ―ナは再び床に身体を預けた。いままでのどこか軽かった空気が凛と静まる。


「アイゼ、これで満足?」


「…………」


何に対してヴァ―ナがそれを問うているのかは、理解していた。ヴァ―ナが訊いているのは、ミナという暴走体が埋まる瓦礫の前で、アイゼがヴァ―ナに示したことだ。

 

家族のことを思い出したい。


それを達成できたのか。正直、まだ頭のなかで答えが出ているわけではない。家族との思い出はたくさん戻ってきた。ただ、何時まで経っても名前が思い出せない。父や母、弟としか頭に表記されないのだ。



「あと少しで、アイゼは戦いで死ぬか、私に殺される。勝っても負けてもあなたは死ぬ」


「満足なんてしてないよ。家族との思い出が全て元通りになるなんてことは無いだろうし……それでもさ、八十年近く生きて、色んなものを目にすると、ふと昔の記憶と重なることがある。そして懐かしくなったり、少し寂しくなったりする。これってすごく恵まれてると思うんだよ」


アイゼは天井を見上げる。


「満足はしてないけど、納得はしてる」


ヴァ―ナの両手が眼前に差し伸べられ、アイゼの頭を包みこむ。そのまま彼女の身体に引き寄せられ、水月の辺りに顔をうずめる。ポンチョ越しでも、鼓動のようなものを感じる。それは歯車が軋みあう音だと、彼女は云った。その身体はアイゼの流麗なフォルムよりも、よほど人間らしいと感じた。ヴァ―ナはより一層強く抱きすくめる。


「これまで、本当に助かった。アイゼが居なかったら、きっととっくの昔に死んでいたと思う。それに、私意外に、皆のことを知る人がいてくれて良かった。ただそう思う」


なんと返事をしたものか、思いあぐねるうちに、ヴァ―ナは腕を解いた。そのまま目を合わせることもなく、彼女はアイゼとは逆向けに横たわる。気のせいではなかったかと考えたが、ばからしくなってやめた。ヴァ―ナに失礼とも思えた。アイゼは思っていたことを伝える。


「怒るかもしれないけど、俺は逆に考えてるんだ。ヴァ―ナは俺が居なくても何とかできたんじゃないかって。なんだかんだ、最終的に突貫して勝ちをもぎ取っていきそうな。そんな感じ」


ヴァ―ナの反応は無いが、構わず続ける。


「過大評価かな。でも、俺もただそう思うことがあっただけ。だから、俺を旅の道連れ以上に思ってくれているなら、すごく嬉しい」


ずいぶん堅苦しい表明になってしまった。でも、これぐらいがちょうどいいような気もする。少なくとも、多少すっきりはした。視界を切ってみる。闇夜でも見通せる目にとって、完全な暗闇はひどく懐かしいものだった。それでも、完全にすっきりはしない。自分でも何に引っかかっているのか、判然としない。分からないまま、言葉を連ねる。


「最後の、その瞬間までよろしく頼む」


「うん」


アイゼの言葉に、ヴァ―ナはうたた寝でもしているかのようなか細い声で答える。

ヴァ―ナも目をとじているのだろうか。確認したくても、どうにも視界を戻したくない。このまま本当に眠りについて、雪に埋もれて時間が止まらないかと、本気で願ってしまう。     


なんで気づかなかったんだ。


最後の瞬間まで、よろしく頼む。自分の安直な台詞で気づいた。最後の瞬間とは、全ての暴走体を殺した後のことだ。確かに、そこで自分の命が無くなることを思えば、最後の瞬間だろう。


でも、彼女は違う。俺を殺した後にも。ヴァ―ナは生きていく。


ヴァ―ナ、君は目的を達成した後、俺が死んだあと、どうするんだ?


日の出とともに行動を再開した。休憩の効果があったのか分からないが、以前より強い足取りで移動し、目的地に着いた。発展という点ではかなりの進んでいたらしい国で、数々の高層建築があり、壊れた車両が大量に捨て置いてあることを鑑みると、かなりの人口を誇っていたようだった。建築物は花崗岩を積み上げた神殿のようなものがあれば、コンクリート造りの質素なビルなど、さまざまであった。それらの建物は経年劣化で傾いたり、折れたり、潰れたりと保存状態は良くない。

 その国は『ドーム』に覆われていなかったのだ。


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