勝利の余韻
目の覚ましたアイゼは、肩に空いた穴を銀糸で塞がれていた。ヴァ―ナが云うにはただ塞いだだけらしく、ネイゴの銀糸が身体の中に残ってしまっているようだ。腕が動かせるのは救いだった。ヴァ―ナと共に時計塔の上を確認しに行くと、そこには銀糸を纏った銃が一つあるのみだった。ヴァ―ナが辺り一帯に暴走体の反応はないと断言した。「ネイゴが銀糸を使って操作していた可能性が高い」というのがヴァ―ナの弁だ。件の銃はアイゼに渡された。ヴァ―ナは「戦利品」と云っていた。そこでアイゼはハリバンを失ってしまったことを思い出した。
ネイゴの元へ戻ると、ヴァ―ナはサンボを拾い上げ、ネイゴの上に置いていた。サンボは細長い大量の足をネイゴに這わせ、それきり硬直した。
「何してるんだ?」
「充電してる」
ヴァ―ナは端的に答える。
「ネイゴから……吸い取ってるのか」
これまで以上にサンボが恐ろしい存在に見えてくる。
「逆。注いでる。サンボは元は充電機器。友軍には注ぎ、敵にはウイルスを打ちこむ。あれ壊れてるから、機能を停止した機体は敵味方の区別がつかない。だからネイゴを充電して直そうとしてる」
「……サンボが充電するってことは、ネイゴは死んだってことの証明になるのか」
「うん」サンボを拾い上げる。
倒れ伏したネイゴを見下ろす。胸の辺りが黒ずんできて、温かさが湧いてくる。
おかしいな。どうしてこんな気持ちが湧き上がってくるんだ。
気持ちが高揚していくのを感じる。ネイゴは元々ヴァーナの仲間だった。それを殺した。暴走状態にあり、それを自覚できぬまま、ずっと生きながらえてきた。憐れむべき存在だと、理解している。それなのに。顔に手のひらを当てる。顔に入ったヒビが、もしかしたら笑っているように見えてしまっているのではないかと、バカみたいな心配をした。
なんだ? 俺は戦闘ジャンキーだったりでもしたのか。
ありえない話ではない。銃を扱うような遊びを好んでいたのだから、そういった側面があったのかもしれない。つい先ほど見た夢を思い出す。こんな気持ちでこれから、彼女の仲間を討ち果たしていけるのか。それに耐えられるのか自信がない。ヴァ―ナにも、ネイゴにも顔向けできない。視線をどこに持っていけばいいのか、しばし彷徨う。民家が目に入った。ネイゴの大切な物であり、ヴァ―ナが破壊したはずのそれだ。
「てっきり、もっとめちゃくちゃにしたのかと思ってた」
「食いついてこないなら、そうするつもりだった。でも、あっさり来たから」
ヴァ―ナは少し微笑して答えた。その民家は穴だらけの民家に比べれば汚れも破損も軽微だが、この国に取り込まれてしまったかのように、空間に馴染んでいる。
「仲間を殺したとき、いつも考えることがある」
アイゼは心を読まれたかと訝しんだ。唖然とするアイゼを差し置いて、ヴァ―ナはネイゴの頬に触れる。
「悲しくなる。別れが悲しいのはもちろんある。それでも、とどめを刺した瞬間にいつも感じる。取った、私の勝ちって。達成感のようなものが湧いてくる。どれだけ抑え込もうとしても、無くならない」
「じゃあ、どうしてるんだ」
「考えるだけ無駄。この気持ちは目的を達成するためには、何の役にも立たない」
お前もそうしろ。
そんな親切心なのだろう。そんな気持ちになってまで、どうしてやるんだ。そう口に出してしまったら、もう彼女の後ろを歩けない。この場で殺してもらったほうがいい。
アイゼはサンボの元にしゃがみ込む。充電しているらしいその恰好は、ともすればグロテスクにも思える。それでも、もう意味のないことをやり続ける姿にいじらしさの様なものを感じる。シンパシーかもしれない。ふと手を伸ばし、サンボに触れようとしたが、横から伸びた腕がサンボを拾いあげる。
「これは私の物。触らせるわけにはいかない。それに、あなたは仮にも暴走体なのだから、触るのは危険」
「それはそうだけど……少しくらい」
少し撫でてみたい。
「これは私の身体の一部。触らせたくない」
その言い方はずるくないか。
ヴァ―ナは話題を打ち切るようにポンチョを翻す。
「それより、やることがある。手伝って」
ヴァ―ナの墓づくりをアイゼは手伝うことになった。
眼前に山となった瓦礫がある。ヴァ―ナがあれだけ綺麗だと評したものでも、こうなってしまえば、ただの積みあがった残骸だ。そして、この中にネイゴがいる。ヴァ―ナが埋葬したのだ。アイゼは瓦礫の奥に居るはずの人物を思い起こす。
「やっぱり、ここで誰かと一緒に住んでいたのかな。そうじゃないと、彼の執着ぶりに納得がいかない」
「そうじゃないことを願う」
アイゼが同意を求めるように云うと、ヴァ―ナはまた影のある表情を形作る。
「どうしてそんなこと云うんだよ」
「その場合、暴走したネイゴがその人を殺したのかもしれないから」
ヴァ―ナの言葉に、この国が最後はどうやって滅んだのか、嫌な想像を巡らせてしまった。そう。あくまで想像だ。
「……心中システムっていうくらいなんだから、大事な人と一緒に死んだのかもしれない」
「だったらいい。彼の大事な人が死んで、それに耐えきれなかった。そうだったほうが、結果的に良い」
ヴァ―ナは決して納得はしない顔で、こちらを励ますように云う。
ダメだ。こんな終わり方は俺が耐えられなくなってしまう。
「ちょっと待ってて」
「?……うん」
アイゼの突然の主張にヴァ―ナは戸惑っていた。 数分後、アイゼは目的地にたどり着いた。相も変わらず花が咲き乱れ、一帯を埋め尽くしていた。花畑の端に取り付いて、花の茎をおもむろに摘まむ。折れてしまった。仕方ないので、折れた花ともう一凛の花を摘んだ。 足早に、それでいて花を散らさないようにヴァ―ナの元へ戻る。彼女は手の中にある花を目にした折、少し口を開けた。瓦礫の前に、花を横たえる。何か指すものでもあればよかった。民家の中にあった花瓶を思い出したが、もう遅い。
「俺はネイゴを殺したよ」
「私の手伝いをしただけ」
「そんなことない。これは俺の責任だ。確かに、ほとんど役に立てなかった。でも二人で戦った結果だ。ヴァ―ナの話を聞いて、ミナの姿を見て決めたんだ」
自分に云い聞かせるように云う。これからもヴァ―ナに付いていくなら、これは背負うべきものだ。アイゼはヴァ―ナに向き直り、新しい銃を胸の前に抱いた。
「だからもし、ヴァ―ナが先に殺されるようなことがあったり、身体を損壊して継続が難しくなったら、俺が後引き継ぐから、安心してほしい……その時に俺が生きていたらの話だけど」
最後の最後で歯切れ悪く主張してしまい、こんなことで最後まで初志を貫けるのか心配になってきた。
「…………万が一にも、そんな状況はあり得ない」
ヴァ―ナはそう云ってから、少し黙った。
「けど、助かる」
一陣の風が吹いた。備えた花が吹き飛ばされそうになり、手で押さえようとする。しかし、やめた。意味のないことだ。花は形を崩さないまま、巻き上がっていく。




