かつての生活
その建物は、角という角が渦巻き、紋様が縦横無尽に入り乱れている。ここに来てから初めて目にした民家群だ。この一帯の建築物は全て穴一つ空いていない。
苦労して前進してきた道を何とか逆走し、目的地である居住区に引き返してきたのだ。
「急に撃ってこなくなったな」
アイゼはそう云いながら、推測は正しかったと胸を撫で下ろす。この一角だけ異様にこぎれいであったことが、何か手掛かりになるのではないのかと踏んだのだ。どうやら、ネイゴはこの一帯を狙撃できない。もしくは、したくないらしい。
ヴァ―ナが眼前の建物の中を覗き込む。
「やっぱり、建物も中身も綺麗」
「穴だらけの建築物ばかり見てたから、余計にな」
特に、この建物だけは新築のように新しい。ヴァ―ナが葉を模した模様がシンメトリー状に彫られている扉の取っ手に手を掛ける。
「開いてる」ヴァ―ナはそのまま中に上がる。
続いて入ると、室内は天井窓から差し込む光で輝いていた。入り口の目の前に階段がある。ヴァ―ナは一階を散策するようで、アイゼは階段を上がった。踊り場には縁が青い造花の花瓶がある。上りきると二階自体が一つの部屋となっていた。紅いカーペットの上に揺り椅子が一脚と足の長いテーブルがある。机の上にはインクとペンがあり、紙の上に小さな皿が置かれていた。アイゼが階段を上ったことで、揺り椅子と、その影がほんの少し揺れていた。天井窓からうっすらとドームの紋様が見える。
「アイゼ、少し」
「分かった、すぐ行くよ」
階下からのヴァ―ナの呼びかけに応じると、呼ばれた先には一つの棚があった。両開きのガラス扉の奥には、皿やスプーン、萎れた花がさしてあるコップなどがある。
「これ」ヴァ―ナが棚の一角を指さす。
「銃弾かこれ?」
陶器製のコップ、藍色の皿ときて、銃弾が横たえられている。穏やかな物がそろう中で、一つだけ異質な存在だったが、どうしてか周りから浮いていない。この空間に当てられて、ただのアンティークにしか見えない。
「そう、この銃弾はネイゴの物」
ヴァ―ナは確信をもって云う。
「なんでわかるんだ……あ」棚から銃弾を拾い、裏の雷管部分を確認する。「数字が書いてある。製造番号かな」
「私たちが使っていたものと、同一。見ただけでわかる」
「弾のサイズは俺のハリバンと一緒だな」
転がって落ちないように、ゆっくりと棚に戻す。これがこの場所にあることが、何を意味するのか。アイゼはヴァ―ナに向き直る。
「どうして、こんなところに?」
「ここの人間と親交があったのか、家主が無くなってからここに住み着いたのか、それとも」
ヴァ―ナは自分の考えに疑問符を浮かべるように口を閉じた。その後はアイゼが引き受ける。
「誰かと一緒に住んでいた?」
「分からない。この国の人間がいつ絶滅したのかも判断できないから、あったのかも」
ヴァ―ナの顔に暗いが影が差したような気がした。この事実が彼女にとって喜ばしいことではないようだ。
椅子やテーブルの上に掛けられたカバー、家具の下に敷かれたカーペットなど、どれも同一の紋様が描かれている。この国を包むドームの紋様と同じだ。
椅子に掛けられたカバーを外し、天井窓からの日差しにかざしてみる。映し出された影は花だった。花弁が四つあり、中心に文字らしきものがある。
この国の人達、花大好きだな。
「あのさ、ここに彼の銃弾がある理由。その経緯は分からないし、もう知りようもないんだろうけど、ここは彼が大事にしたい場所だってことは分かる」
似ている。
周りの物をめちゃくちゃにしても、一番大事な場所だけは綺麗にする。その場所だけは隔絶して時間が止まってしまったかのように、当時のままだ。
……そういえば、写真くらいは持ってきても良かったかもな。
「アイゼ」
「なんだ」
ヴァ―ナの呼びかけで、ちょっとした後悔の念を霧散させる。
「ここ、利用する」
ヴァ―ナが黒髪を掻き揚げ、一本の銀糸が落ちた。それが、アイゼのかざした花の影に振り落ちた。