約束
御台所様のお話は続いた。
「あなたのことは少しずつわかってきましたが、あなたの本心がわからなかったのです。あなたが本当に上様を大切に思っているのか・・・なので、今日こうやってあなたに話を聞くことにしました」
「はい・・・」
「あなたは、私に咎められたらこの城を出て行くといった。私は、そんなことではまた上様が傷つかれると思いました。それほどの思いなのかと・・・多くの女子は、私は上様にご寵愛を頂いているので早く側室にしてほしいと願うのですがね・・・ 」御台所様はそう言って、苦笑いをされた。私もつられて苦笑いで返した。
「ならば、早くに上様から離れてしまえばいいと一度は思いました。あなたがもう一度呼び止めなければ、私は上様にあなたとのことを反対していたでしょう。しかし、あなたがそう言ったのは上様のためだとわかりました。だから私もこうやってあなたにここまでの話をしています」
「ありがたき幸せでございます」 そう言って頭を下げると、御台所様は黙って頷かれた。
「あなたはまだ身ごもっていないため側室にあげることはできませんが、お里が出来る範囲で上様にこのまま尽くすと私と約束できますか?」
「はい。上様がお望みの限り、私は上様に尽くさせて頂くとお約束いたします」 私は御台所様のお気持ちと、改めて上様を思う気持ちを実感しながら身の引き締まる思いで答えた。
「上様が、将軍ではなく一人の男として過ごせるのはあなたの前だけのようですのでね」 御台所様はそうおっしゃると、扇子を口の前にあてて「フフフ」と声を出して笑われた。そのお姿が、とても可愛らしく先ほどの威厳のあるお顔とのギャップを感じた。
「そう思って頂ければ、大変嬉しいのですが・・・」
「今後は何かあれば、お清をとおして私にも相談すればよいですからね。お清も知らぬ間に、あなたの虜になっていたようですから・・・」 今度はいたずらっぽいお顔をされた。
「そんなことは・・・ありがとうございます」 私は、お清様のことを虜にしていることは否定しながら、相談すればいいとおっしゃってくださったことが嬉しくてお礼を言った。
「それでは、今後も頼みましたよ」 そう言って席を立たれた御台所様を私は頭を下げて見送った。
(なんて素敵なお方なのでしょう。上様のご正妻として立派にこの大奥のことを考えられている。私は、まだまだ上様のご迷惑になることしかできないのに・・・)
そう思いながら私も廊下へ出て行った。廊下に出たところで、おりんさんが駆け寄ってきてくれた。
「お里様!!」
「おり・・・お鈴、心配をおかけしました。とりあえず、部屋へ戻りましょう」 そう言って、部屋へ向かって歩き出した。部屋の前には、誰かが立っていた・・・どなたかしら? 私は心当たりもなく、部屋の前まで歩いていくと・・・お滝様の侍女さんで、第1印象で気の弱そうと思っていた方だった。
「どうされましたか?」 私は近寄って声をかけた。
「あの・・・」 やはり気の弱そうな声でもじもじとされていた。そして懐に手を入れられ、何かを取り出された。
「これを・・・」そう言って私に差し出されたのは、私が探していた根付だった。
「まあ! これをどうして?」 私は、驚いて尋ねた。すると、気の弱そうな侍女さんはさらに小さな声で話し始めた。
「じつは・・・お滝様がこれを拾われ、落ちていた場所からきっとお里様のものであろうと・・・すると、これを私に渡されて捨てておくようにとおっしゃいました。ですが・・・私はどうしてもこれを捨てることが出来ず、今まで持っていたのです・・・申し訳ございません」 そう言って、立ったままではあったけれど深々と頭を下げられた。
「あなたが謝って頂かなくてもいいのですよ。まずは、これを捨てずに持っていてくださってありがとうございます」 私は、お滝様への気持ちよりも根付が戻ってきたことが嬉しかった。
「お礼を言って頂いては、もったいのうございます。申し訳ございませんでした。私は、持ち場に戻らねばなりませんのでこれで失礼いたします。もし、お咎めを受けるのであれば私が一人でやってしまったことにしてください」 そう言って、もう一度頭を下げられてから走って廊下を戻っていかれた。私はその後ろ姿にもう一度頭を下げて、根付を握りしめて部屋へ入った。部屋へ入るとおりんさんが根付を見ながら言われた。
「お里様、良かったですね」
「はい。本当に・・・侍女さんもここへ来たことがお滝様にバレては大変なことになるのを覚悟で届けてくださったのですね」
私は、あの侍女さんがお咎めを受けるなんてとんでもないと思っていた。何より、根付が戻ってきたことを早く上様にお話ししたいと上様が一緒に喜んでくださる笑顔を想像していたのだった。
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