御心
「お里、これで私とあなたの二人きりです。先ほどの件ですが、あなたの正直な気持ちを聞かせなさい」
「はい。御台所様・・・ご無礼を承知で申し上げさせて頂きます」 私は、この願いは聞き入れられなくても話してみようと思った。嘘をついて、上様と離れることがとても心苦しく思ったから・・・だから、御台所様にお願いすることにした。
「御台所様。私の正直な気持ちは、上様とこのまま離れたくありません。もし、上様が少しでも私を傍に置いておいてもよいと思ってくださるならお傍にいたいと思っております。ですが、上様が私とはもう会わなくても良いと思われるなら、先ほどの話の通り私は2度と上様にお会いしません」
「なら、何故初めにそのように言わなかったのですか?」 御台所様は少し咎めるようにおっしゃった。
「申し訳ございません。私が上様のお傍にいることがご迷惑となり、この大奥を乱すことになるのなら、私はここを去らなければならないと思いました。ですが、御台所様に確認され本当にもう上様にお会いできないのかと考えたときに、わがままを聞いて頂けるなら上様のお気持ちにお任せしたいと・・・本当にここを去らねばならないなら、上様からご指示を頂きたいと思いました」
「全ては上様にお任せすると?」
「はい、今回このようにここで過ごさせて頂けたことも、大奥で働かせて頂けたことも全て上様のおかげでございます」
「あなたの気持ちはどうなのですか?」
「私は・・・上様がお考えになったことに従います。そして、それが私の気持ちです。決して、無理をしているわけではございません」
「なるほど・・・そこまで上様を大事に思っているわけですね」
「はい・・・」
(ここではいと答えるのはどうなのかしら?御正妻の前で、あなたの夫を大事に思っていますと言っているようなものよね?)
「お里、よくわかりました。それでは、私も正直にお話いたしましょう」 御台所様のお顔が少し柔らかくなられたような気がした。
「・・・」(微笑んでおられるけれど、ここから修羅場かしら? すごく怖い・・・)
私は、少し静まった心臓がまたドキドキとなるのを感じた。
「まず、上様があなたをご寵愛されているということを、私は知っていました」
「はい・・・」(やはり、御台所様にも隠密がおられるのかしら?前からご存知だったということよね?)
「上様から聞いていたのです」
「えっ?」(どういうことかしら?)
私が間抜けな声を出して、間抜けな顔をしていたのだろう・・・御台所様が私をみてクスッと笑われた。
「詳しいことはお話になられていませんが、とても愛しいと思う娘が出来たと聞いております」
「・・・?」 私はまだよくわかっていなかった。
(自分の奥さんに他に好きな子が出来たと言うなんて・・・そんなことってあるのかしら?)
「お里はまだ大奥のことがよくわかっていないようですね。では、初めから話しましょう。上様と私は小さい頃から結婚をすることを約束されていました」
(許嫁ということですね)
「私は上様を尊敬していましたし、上様も私のことを大切にしてくださっていました。上様が将軍になられ、実際に夫婦になってからも私たちは仲良く暮らしていたつもりです。子も何人か授かりました。ですが・・・みな、早世してしまったのです。上様も私と一緒に悲しんでくださいました。ですが、お父上がより沢山の子を作ることを望まれ上様にそのお役目を今まで以上に言いつけられました。そのことは知っていますね?」
「はい。それで上様もお辛かったとお伺いしております」
「私も最初は悲しかったです。ですが、自分ではその役目はもう果たせないのだと思ったとき、自分はこの大奥を守っていかなければならないと覚悟したのです。上様はお役目を果たされ、私は上様の御子は全て自分の子供のように思ってきました。いつのまにか、私たちはこの徳川家を守り続けていくという同じ目的をもつ同志のようになっていました。もちろん今でも、上様を尊敬していますし上様も私には不自由のないよう気を使ってくださっています」
(そう・・・大奥は全てのお方が徳川家の存続のため、自分のお気持ちを押し殺して働かれているのだわ)
「あるとき、上様が私に愛しく思うものが出来たのだ! とおっしゃったのです」
「・・・!!」
「あなたは、私が怒り狂ったとでも思ったでしょう?」
「はい・・・いえ・・・」 私はどのように答えていいかわからなかった。
「正直、私は嬉しかったのです」
「嬉しかった・・・でございますか?」
「ええ、上様はこの大奥で嫌な部分ばかりを見てこられたこともあり、女子に対して愛しいという感情をほとんど持ってこられませんでした。人を愛しいと思う気持ちを持たれた上様のお顔を見ると、私が今までに見たことがないお顔をされていました。将軍だって人間です。私とはもう愛しいなどという関係ではない今、そのように思える人が出来たことが私は嬉しいと思ってしまったのです」
御台所様のお顔は本心でそう思われているようだった。とても、穏やかなお顔で話をされていた。
「ただ、どんな女子を愛しいと思っておられるかは心配でした。以前にも、そのような方が出来られたことがあったのですが、ヒドい形で裏切られてしまわれました。その後の、上様はひどく落ち込まれたことがありましたので・・・」
「そうなのでございますか」(上様の不安の原因はそれなのかしら?)
「なので、徐々にあなたのことを調べはしていたのです。ですが、細かいことは上様もお話されないですし、菊之助もあまり詳しいことは教えてくれなかったのですが・・・」
「申し訳ございません」 私は頭を下げることしか出来なかった。
「あなたが謝ることではありませんよ。それだけ、みなであなたを守りたかったということでしょう。ただ、今回の見習いの件を聞いて私はやっとあなたと対面出来ると楽しみにしていたのです」
「そうだったとは、全く知りませんでした。初めてお声かけをしていただき、ただただ緊張していました」
「そうでしたね。この2週間、お敦にあったことを全て報告させていました。1日目にお雪に足を引っかけられたのに、大事にしなかったこと。どれだけ、嫌味を言われても感情的に反抗しなかったこと。そして・・・自分の部屋は自分で掃除していたこと・・・」
「はしたないことで申し訳ございません」 私は、そんなことまでご存知だったのかと恥ずかしくなった。
「みな、そういう雑用をせず部屋で贅沢するために側室にあがりたいというのに、あなたは変わっているとお敦がずっと言っていました」 私はまた恥ずかしくなり頭を下げた。
「どんな場所にいても、自分が出来ることを一生懸命にこなすあなたの姿に上様も惹かれたのだろうと思っていました」
「もったいなく存じます」 御台所様は穏やかに話を続けられた。
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