初めての友
「お里様、入ってもよろしいですか?」 私はすっかりおりんさんとおぎんさんを廊下で待たせていたことを忘れていた。
「はい。お待たせ致しました。どうぞ」 慌ててそう言った。お二人が入って来られると同時に謝った。お二人はニヤニヤしながら気にすることはないと言ってくださった。
「お里様、根付の件上様にお話されたのですね」 おりんさんが私が桃色のガラス玉の根付を持っているのを見て聞かれた。
「はい。上様からもう一つの根付を頂きました。今度こそはなくさないようにしないと・・・」 私は根付を両手で握りしめてから言った。すると、上様がおりんさんの方を向いてお話になった。
「おりん? 少し気になっておることがあるのだがな」 おりんさんは何を言われるのだろうと姿勢を正されて返事をされた。
「お前達は私の隠密であろう?」
「はい。もちろんでございます」 おぎんさんも一緒に姿勢を正された。
「だが、最近私の耳に入ってこないことが多すぎるような気がするのだが」 私たち3人は、顔を見合わせて驚いた顔をそれぞれにした。私が上様に話をした。
「上様、申し訳ございません。私がお二人に内密にしておいて欲しいとお願いしたばかりに・・・」 そういって頭を下げた。
「今日のお里は頭を下げてばかりだな。お前に言っているのではない」
「ですが・・・」 私は自分のせいでお二人がしかられるのが申し訳なかった。
「上様、私たちはもちろん上様の隠密でございます。ですが、お里様の隠密として動かせて頂いていることも多くあります」 おりんさんが改まって話し始められた。
「それはわかっておるが・・・」 上様は納得されていないような感じだった。
「それ以上に、私たちは・・・友なのでございます。友が内密にして欲しいと言ったことを、他言するのは信頼される友のすることではございません」 おりんさんがはっきりとおっしゃった。そう言われた上様は予想外の答えに驚かれているようだった。
「友・・・と?」
「はい。友でございます。しかし、お里様の身の安全に関わることは全て上様に報告させて頂いております」 おりんさんは最後に微笑まれた。
「そうか、ならよい」 と急に上様は気まずそうなお顔をされた。その横でおぎんさんも私に向いて微笑まれていた。
(私はおりんさんの言葉がとても嬉しかった。以前の世界でも友達と自分で思っていた人はいた・・・だけど、最後に裏切られてしまった。私に初めて本当の友達が出来たのだわ。私もおりんさんとおぎんさんを大切にしたい)
その言葉を聞いた私は感動して、自然と涙が出ていた。その様子を上様がいち早く気付かれた。
「お里? 泣いているのか?」 私は涙がこぼれていることに気付いて、慌てて手でそれを拭った。
「申し訳ございません。おりんさんの言葉が嬉しくて・・・」私は、おぎんさんとおりんさんに笑顔を向けた。
「お里様? そんなことで泣かれては困ります。お里様は私たちのことを友と思ってくださっていなかったのですか?」と、少し拗ねたお顔をされて聞かれた。
「私に本当の友が出来たのは初めてでございます」 私はまたあふれてきた涙を拭いながら言った。そんな私たちの様子を見ながら上様が咳払いをされた。
「お里を嬉し泣きさせていいのは私だけと思っていたのだが・・・まあ、お里が喜んでいるのであればよいか。これからもお里のために頼んだぞ」上様がお二人に向かっておっしゃった。
「はい。承知致しました」お二人が上様に向かって頭を下げられた。上様は私の方に向き直られて、笑顔で「よかったな」と言ってくださった。
(今日は嬉しいことばかりだったわ。でも、やっぱり根付を見つけたい・・・明日、知らないと言われるのは承知でお滝様、お雪様、お敦様に聞いてみよう)
早速、次の日御鈴廊下で顔を合わせたお三方に聞いてみた。
「あの・・・少しお伺いしたいのですが・・・先日庭への階段から落ちてしまった時に、大事にしている根付をなくしてしまったようなのです。どなたかご存知ないでしょうか?」
「根付?」
「そんなもの見ていないけれど、そんなに大事なものなの?」
「はい。大事なお方に頂いたもので・・・思い当たるところは全て探したのですが、見あたらず・・・もしかしたら、どなたか拾っておられないかと思いまして」
「そんな大事なものをなくすなんて、あなたもドジね」
「なくしたものは仕方ないんじゃないかしら?私も見かけていないですし・・・」
「階段から落ちたときに、割れて粉々になってしまったんじゃない?」 そう言われたのはお滝様だった。
「!!! お滝様? なぜ、粉々になったとお思いですか?」
「だって、ガラスですもの。落ちたら割れてしまっても仕方ないでしょ?」
「お滝様?私はガラスの根付だとは一言も言っていないのですが、どうしてご存知なのですか?」
「!!! あなたが、身につけているのがチラッと見えたことがあったのよ! とにかく私は知らないわ!」 そう言い切られた。
(間違いない。私は人前で根付を出したことなどないわ。お滝様は何かご存知なのだわ)
私は何とかお願いして聞きだそうと身を乗り出したとき上様が来られる合図の鈴がなった。私は仕方なくその場は諦めて自分の定位置に戻った。
朝の総触れが終了し、皆さんがそれぞれお部屋へ戻られるとき急いでお滝様をつかまえた。
「お滝様! 先ほどの根付の件ですが、何かご存知ならばお教えください。あれは本当に大切にしているものなのです」 立ったままだったけれど、頭を下げてお願いした。
「そんな大事なものをなくすあなたが悪いんでしょ?私は本当に何も知らないわ!」 そういって足早に広座敷を出ていかれた。それを見ていたおりんさんが聞かれた。
「お里様?どうされましたか?」
「根付のお話をお三方にしたとき、お滝様はその根付がガラスで出来たものだと知っておられたのです。なので、何かご存知なのではと思ってもう一度聞いて見たのですが、知らないと・・・」
「そうですか・・・知っていても、教えては頂けないでしょうねえ」 おりんさんもこればかりは仕方ないと、ため息をつかれた。
「はい・・・」 私もそう簡単に教えて頂ける相手ではないことはわかっていたため、半分諦めた。
(本当は問いつめて根付について少しでも教えてほしい。だけど、これ以上は上様にも迷惑がかかってしまう)
私もおりんさんと一緒にため息をついた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




