もう一度
「お里、今は大丈夫か?」 そう言ってお夕の方様のお姿の上様が入って来られながらおっしゃった。
「はい。先ほど、お清様に奥の方までお部屋を案内していただき戻ってきたところでございます」 そう言って、席を開けた。上様は、私が座っていたところへ座られず私の近くにお座りになった。
「上様?」 私は不思議そうに上様のお顔をみた。
「先に包帯を交換しておこう。おりん、おぎん席を外せ」 と言われて、私の方を見てニコリと笑われた。
「上様、こちらの部屋でまでは・・・おりんさんに変えて頂きますので」 と私は困って言った。
「お里は、まだわからないのか? 私がお里の治療をしたいのだ」
「はあ・・・」 私は助けを求めるようにおりんさんとおぎんさんを見た。お二人は、私と目が合うと微笑まれてから
「私たちは外で見張りをさせていただきます」 と言って頭を下げて部屋から出て行かれた。
(えーーー! 助けてくださらないのですか?)
私は観念して、上様に包帯の交換をお願いすることにした。上様はよしよしと楽しそうに、手馴れられた様子で包帯を交換してくださった。
「お里は治りが早いのだな。後は、このかさぶたが取れれば完治といったところだな」
「そうでございますか。ありがとうございます」
「ところでお里は背中の傷は治りそうだが、他に何か傷を負っているところはないか?」
「えっ?」 私は何のことかわからず、振り返って上様をみた。
「いや、私の気にしすぎならいいのだが・・・怪我をしてから、何かふと考え事をしていることが多いような気がしてな。何か悩んでいることがあれば言ってほしいと待っていたが、お里はなかなか弱音を吐いてくれないのでちょっと聞いてみただけだ」
(上様が気付かれない間に、根付をみつければご心配をおかけせずにすむと思って、おりんさんに探して頂いていたけれど・・・私が悩んでいたことがわかっておられたのだわ)
「上様、申し訳ございません」 私は、包帯を巻き直して頂いてから上様の方を向いて頭を下げた。
「ちょっと待ってくれ。私はお前に謝れるとドキッとするのだ」 上様は少し緊張されたようにおっしゃった。
「どうしてでございますか?」 私はどういうことかわからなかったのでお尋ねした。
「もしかしたら・・・私から離れたいと言うのでは・・・と、つい考えてしまう」
「そのようなことはございません」 私はすぐに否定した。
「いや、わかっておるのだがな。やっぱり不安になるのだ」 上様はそういうと下を向かれた。
(上様は何故いつもこんなに不安になられるのかしら)
そう考えたけれど、聞くことはせずに上様のお手をとった。
「そんな不安は不要でございます」 そう言って微笑んだ。上様も笑って頷かれた。
「では、何を悩んでいるのだ?」 上様は改めて聞かれた。
「はい・・・実は、怪我をしたときより上様に買って頂いた根付が見あたらないのです。おりんさんにもお願いをして、思い当たるところは全て探して頂いたのですが・・・申し訳ございません」 私はもう一度頭を下げた。
「そんなことだったのか・・・」 上様はホッとしたお顔をされた。
「そんなことではございません。あれは、私の宝物でございます」 私は上様にそんなことと言われたことが少しショックだった。
「お里、そういう意味ではないのだ。確かにあれは二人にとって思い出でもあり大切なものだがな。あの時よりも私たちはもっとお互いを知り、大切に思い合っているだろう? 今、こうして二人でいることの方が大切なんだ。根付なら、また二人で買いにいこう」 そう言って上様はご自分が持っておられる根付の一つを私に渡してくださった。
「私にはお里が作ってくれたツバメの根付があるからな。お里はこっちの桃色の根付を持っていなさい」 私はそれを受け取ったが、どうしていいかわからなかった。
「でも・・・」
「もう一度、私からの贈り物だと思えばいい」 そういって頬をなでてくださった。私は、根付がないのは残念だったけれど上様のお気持ちが嬉しかった。
「はい。ありがとうございます」 そういって笑顔をみせた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




