失くし物
お清様と一緒に廊下を進み、またご側室方のお部屋の前を通ったときお仲様がお庭におられた。
「あら・・・お里様、お怪我をされたとお伺いしましたがもう大丈夫ですの?」 と、あの目の奥は笑っていない笑顔で言われた。
「はい。もう具合も良くなりましたので・・・」 と私は答えた。
「そうですか。あと少しですね。せいぜい側室を味わっていい思い出を作ってください」 とおっしゃった。
私は黙って頭を下げた。お清様が黙って歩き出されたので、それに従った。部屋に戻ると、おりんさんがお茶を淹れてくれたので二人で向かい合い座った。
「お仲ですがね、あの子もお手が付いた後すぐに身ごもったのですがね、子供の顔を見ることなく死産という形になってしまったのです」 お清様が少し寂しそうにおっしゃった。
「そんなことがあったのですか」 私は、知らなかったお仲様のことを聞き驚きと同時に悲しくなった。私がそれだけ言って黙っていたので、お清様が続けられた。
「あの子達は、子が無事に産まれたとしても一緒に喜んでくれる殿方はいません。そして、子が産まれなかったとしても、早世されてしまったとしても一緒に悲しんでくれる殿方もいないのです。それなのに、一生をこの大奥で過ごさねばなりません」
「はい」
「だからといって上様が悪いわけでもありません。一人の側室を大切にしていては、子を沢山作るというご隠居様のお考えに背くこととなります」
「はい。承知しています」
「あなたは上様のご寵愛を頂き大切にされていることを有り難く思って、この大奥のために何が出来るか考えてもらいたいと思っています」
「心に留めおかせて頂きます」 私はそう言って頭を下げた。それに答えるようにお清様が頷かれた。
しばらくすると、お清様はお部屋を出て行かれた。おりんさんと二人になると、私はおりんさんに話した。
「大奥とは、側室になれると幸せに一生を送ることが出来るものだと思っていました。でも、毎日の暮らしが幸せでないことも多くあるのですね。そんなことを全く知りませんでした。私は、幸せ者ですね」 としみじみ言った。
「お里様はそうやって、他の方のことを自分のことのように考えられます。そういうところを上様は好かれているのでしょうね。確かに、残念ながらお子を産めず、育てられなかった方は多いでしょうが・・・自分が側室になって、お子を産んで少しでも上の位置にいたいという野望を持ってここに入って来られたのでしょう。お里様のように、どの立場でも上様を大切に思われるお気持ちではなかったでしょう。その時点で、私は他の方とは違うのだと思いますよ。上様もそう思われていると思います」
「おりんさん、ありがとうございます」 私はおりんさんに頭を下げた。
「おりんさん? それと例の件なのですが・・・」 私はもう一つおりんさんに質問した。
「それがですね、探せるところは全て探したのですがどこにも見あたらなかったのです」 おりんさんが申し訳なさそうに言われた。
「そうですか・・・」 私は落胆した。
私には、今上様に秘密にしていたことがあった。いつも大切にしていた根付けが見あたらないことです。おそらく、敏次郎様をお助けしたときに庭か廊下に落としたのだろうと思っておりんさんにお願いをして探してもらっているのだけれど、みつからない・・・だから、もしかしたらどなたかが拾ってくださったのではないかと、もう一度見習い期間の間にこちらに戻ってきたかった。
(最後までやり通したいと上様に言った言葉ももちろん嘘ではありません)
「明日、お滝様やお雪様達にも聞いてみようかしら」 おりんさんに相談した。
「あの方たちが本当のことをおっしゃるかはわからないですけどね」 とおりんさんはため息をつかれた。
「上様に本当のことを言うのは、もう少し探してみてからと思っていたけれどそろそろ打ち明けた方が良さそうですね」 私はこれ以上、上様に隠しておくことが心苦しかった。
「上様は決してお怒りになることはないと思いますから、お里様が話しておきたいと思われるならそうされた方がいいと思います。私ももう少し探してみますね」
「はい。ありがとうございます」 私は上様に心配をおかけしないよう気を取り直した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。