復活
「お里? 赤みがだいぶひいてきておるぞ。傷も出血がなくなっているから、安心していいぞ」 上様が包帯を交換しながら背中越しにそうおっしゃった。
「そうでございますか。ありがとうございます。傷は残りそうでございますか?」 私は、自分で背中が見られないので気になっていたことを聞いてみた。
「いや、幸い傷の範囲が広いが、深い傷ではないようだからすぐにお里の綺麗な白い肌に戻るだろう」 恥ずかしげもなく上様がおっしゃった。私は、少し恥ずかしかったが
「ありがとうございます」とお礼を言った。本当に、背中の痛みもほとんどなくなり、少しなら背中を下に寝ていても大丈夫なくらいだった。
「お里、側室見習いには戻りたいか?」 上様が聞かれた。
「はい。上様のお手当のおかげで痛みもほとんどなくなりましたので、明日から戻らせて頂きたいと思いますが・・・」
私は、お休みをとってしまったけれど期間は終了したいという気持ちだった。お清さまが側室になるには、上様のお子を身ごもらないとなれないとおっしゃっていたので、すぐに側室になることは出来ないけれど与えられたことは最後までやりたかった。
「わかった。菊之助とお清にそのように言っておこう」
「よろしくお願いいたします」 私は頭を下げた。
「明日からまたしばらくこのように会えないからな。今日は充分にお里を味わっておこう」 そうおっしゃると、私を抱き寄せられた。背中にはあまり触れないように・・・
(上様は本当にいつも私を気遣ってくださる。こんなに幸せで怖いくらいだわ)
次の日の朝、おりんさんがお夕の方様のお部屋まで迎えにきてくださった。
「おりんさん、おはようございます。あと少しですがよろしくお願いいたします」 私は改めて頭を下げた。
「お里様、おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。お怪我が完治したわけではございませんので、無理をされませんように・・・何かあれば必ず言ってくださいね」 おりんさんは、いつもと違う真剣なお顔で言われた。
「はい。承知しました」 私は笑顔で返事した。
その日は、お夕の方様のお部屋で着替えを済ませ、直接御鈴廊下へとむかった。途中お清様にお会いしたので、挨拶をした。定位位置に向かう途中、お滝様とお雪様、お敦様にもお会いした。
「あら、お加減はもうよろしいのかしら?」
「無理されなくても、よろしかったのに」
「あと何日か見習いとしていたところで、あなたのお立場は変わらないと思いますけど?」 と、口々におっしゃった。
「ご心配おかけ致しました。また、本日よりよろしくお願いいたします」 私はそう言って頭を下げた。
(ご心配はされていないと思いますけれど・・・)
いつもの御広座敷での挨拶が終わった後、お清様が私の方へ来られ御中臈のお仕事を見て回るから、支度をしてついてきなさいとおっしゃった。
私は一度、部屋へ戻り着替えを済ませて廊下を出た。お清様が待っていてくださったので挨拶をして廊下を進んだ。他のお三方は、すでに御中臈なので私一人だけだった。
「こちらから向こうはそれぞれのご側室のお部屋です」 お清様がおっしゃった。長い廊下の左側にはお庭が、右側には襖を閉められたお部屋や開け放たれて中から笑い声が聞こえてくるお部屋もあった。
「以前は、上様のお手つきになると側室になってもらっていたのですが、それではお部屋が足りなくなったので、今はお子を身ごもられたら部屋持ちとなってもらっています」 お清様が淡々と話された。
「はい・・・」私は返事だけをした。
「ですが、お子が産まれても早くにお亡くなりになったりする場合も少なくありません。また、側室のお方自身がお体を悪くされる場合もありますゆえ、あまり側室同志仲良くされることはほとんどありません。」
(昔は、本当にお産は命がけだったことは知っている。側室だからといって幸せなお方ばかりではないのだわ)
御台所様のお部屋の近くまで行くと、手前の方のお部屋でお召し物を整えられたりしておられる方がたくさんいらっしゃった。御中臈といっても側室になられない方は御台所様のお世話をされたり、上様のお世話をされるということだった。お着替えのお手伝いをされたり、食事の準備をされたりするのだそうだ。特に取り立てられたお中臈は、御台所様のお話の相手をされたりして一緒に行動をされるということだった。
「お敦は御台所さまのお近くについているが、お滝やお雪はお二人から離れたところでのお世話をしています」 お清さまがおっしゃった。
(お中臈様も色々な仕事があるのね)
私は知らなかったことばかりだった。さすがに、御台所様のお部屋までは行かずに廊下を引き返すことになった。帰りの廊下を歩きながら、
「お清様、色々教えてくださりありがとうございます」 とお礼を言った。
「いずれ案内はするつもりでしたが、休みがありましたからね。あなたも知っておいた方がいいでしょう」 とおっしゃった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。