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器用

 上様がお部屋を出て行かれると、おりんさんは寝間着の帯をほどいてくれて背中の傷になっていない所を丁寧にふいてくれた。私もしぼった手ぬぐいをもらい、自分で拭けるところは拭いた。


 「上様は本当にお里様がお好きなのですね。私やお常さんにも出来るだけ体を触られたくないなんて」 と少し呆れながら言われた。


 「恥ずかしすぎますが・・・」 私はどういっていいかわからなかった。


 「甘えておられればいいのですよ。上様は、お里様には正直に気持ちを伝えておいでです。それを受け入れてくれるお里様だからこそ、そうされているのですよ」


 「はい・・・こんなに大切にされてしまっては・・・時々不安になるのです。もし、上様が他に慕われるお方がお出来になったとき、私はどうすればよいのかと・・・」 側室見習いをしている間、思っていたことをおりんさんに話した。あれだけ、沢山の綺麗な方をお相手にされていて、きっと私よりもいいお方が出来られるのではないかと不安に思うことが多々あった。おりんさんは驚いた顔をされた。


 「そんなことをお考えになっていたのですか?」 と聞かれた。


 「はい。上様のことを信じておりますが、私は上様を縛ることが出来る立場ではございません。だから、そうなったときはどうしようと・・・だから、そうなっても大奥に置いていただけるよう見習いを頑張ろうと思っていたのです。なのに、途中でお休みをすることになってしまって・・・」 そこまで言って、私はハッとした。こういう言い方をしてしまっては、またおりんさんが気にされるのではないかと。


 「何度も言いますが、おりんさんは気になさらないでくださいね」 私は慌てて言った。


 「はい。私はこれからお里様のお役に立つことで、昨日のことは挽回しますので」 そう言ってニッコリ笑ってくれた。


 「それに、もし上様がお里様から離れられることがあるとするなら、この間おぎんさんが言っていたように私たちと一緒に隠密になりましょう。私たちは大歓迎ですから」 と言われた。


 「それもいいかもしれませんね」 私は気持ちが嬉しくて笑ってそう言った。おりんさんの気持ちが嬉しかったのと、前向きなおりんさんの言葉に元気をもらえた。


 「そろそろよいか?」 上様が外から声をかけられた。


 私たちはすっかり話に夢中になって、上様のことを忘れていた。二人で顔を見合わせあっという顔をした。


 「はい。お待たせいたしました」 そう言って、おりんさんが襖を開けに行ってくれた。おりんさんはそのまま上様に一礼し、お部屋を出ていかれた。上様は、待たされて機嫌が悪くなられることもなくお部屋に入って私の傍に座られた。


 「上様、よろしくお願いいたします」 と私は上様に背を向けた。


 「ああ ゆっくりとするが、痛かったら言うのだぞ」 と、ガーゼをゆっくりと剥がされた。痛いには痛かったけれど、何だかすごく緊張してしまってそれどころではなかった。上様は手当をしてくださりながら話をされた。


 「お里? 見習いをしてみて、きつく当たられたりなど嫌な思いをしているのではないか?」 


 「・・・いえ、そんなことはございませんよ。おりんさんもついていてくださっていますし」


 「そうか、私は少しだけだけど側室として女たちの嫌なところも見てきたつもりだ。身分で人を決めつけたり、少しでも自分が上に立ちたいと思っておったり・・・」


 「そうかもしれませんね」


 「私たち男の世界でも、身分で出世をすることもあるからな。もちろん出世争いだってある。でも、男のそれと女とでは違うであろう?」


 「その件に関しては、男も女も一緒かもしれませんよ。誰だって、上に立つことを目標に生きておられるものでございましょう?」


 「まあ、そうかもしれぬな」


 「上様は望まれる前に将軍様になられましたから・・・でも、その分やりたいことが出来ずに苦しまれてこられましたでしょう? 普通の人よりも心が満たされない生活をされ、心を痛めてこられたこともあっただろうと思います」


 「ああ」


 「私はここで、どうしたいか考える前に上様にお会い出来て、大切にして頂いております。だから、私は幸せ者なのですよ」


 「お里・・・」


 「少々の揉め事など、受けて立つつもりです。ただ、上様にご迷惑をおかけしたくないということだけが心配でございます」


 「お里は私に遠慮しすぎだ。お里が本当に迷惑をかけたとしても、それを私は迷惑だとは思わないであろう。もっともっと、私に甘えてほしいし、頼りにしてほしい」


 「ありがとうございます。私は充分に甘やかされていますし、上様を頼りにしております。怖いほど・・・」


 「私には、まだ足らぬがな・・・よし!出来たぞ! 初めてにしては、上手に出来たであろう?」 上様は、嬉しそうにおっしゃった。本当に、昨日お匙にやってもらった時と変わらない程のできあがりだった。


 「上様、ありがとうございます。器用でございますね。上様は私のお匙にもなってくださるのですね」 そう笑顔で言った。


 「ああ 何にだってなってやるぞ」 とおっしゃって頬を撫でてくださった。


 「お里、横になるか?」 と聞いてくださったのだけど「座っている方が楽でございますので、このままで」 と答えた。


 「お里?」 上様が言いにくそうにされているので、私はその先を促すように聞いた。


 「どうされましたか?」 すると、上様が照れながらおっしゃった。


 「少しだけ膝枕をしてもらってもいいか?」 私はその様子がとても可愛らしく思えた。


 「もちろんでございますよ。はい、どうぞこちらへ」 そう言ってポンポンと自分の腿を叩いた。上様は

 

 「しんどくなったら、言っておくれ」 と言いながら嬉しそうに頭を乗せられた。「久しぶりだな。やっぱりここは気持ちがいい」 と上様がおっしゃるのを見て、上様の頭の重みを感じながら、幸せな気分を味わった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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