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打診

 昼には平常の仕事に戻った。気分は沈んだままだったけれど、そんなことは言ってられないほど忙しく過ごした。

 (私が慰めて頂いてしまったけど、お方様もお心を痛めておられるはず…あんなに楽しみに巣を見守っておられたもの…私にも何か出来ることはないかしら…そういえば…)


 思い立ったら動いてみることもだいぶ身についてきたようで、休憩時間と夜の寝る時間を削って実行してみた。


 次の朝、いつものようにお膳を部屋へお持ちした。


 「失礼いたします」


 そう言って、部屋に入り食事の準備をした。食事の準備が整うとお二人に向き直り


 「昨日は大変失礼いたしました。お夕の方様のお慰めに少しでもなればとこのようなものを作ってまいりました。もしよろしければ、お受け取りいただけませんでしょうか?」


 と、まず菊之助様に渡した。菊之助様は一目確認した後お方様へ渡された。


 「これは?」と菊之助様が問われた。


 「根付けのようなものでございます。昨日の出来事で、本当は雛から巣立ちを迎えるころにはこのように立派に巣立っていったのではないかと思い、私が作らせて頂きました」


 「お里が作ったのか?」


 「はい」


 「そうか…」


 菊之助様はもう一度、お夕の方様の手の中を覗かれた。

 

 (実は以前の世界で、ママ友たちに付き合ってカルチャーセンターに通いまくっていたんです。これも、消しゴムに彫刻刀で色々な絵や字を彫ってハンコを作る消しゴムハンコ教室のことを思い出して…これくらいなら木でも彫れました)


 「我流でお恥ずかしいのですが、お夕の方様にお受け取り頂ければうれしいです」


 そう言って、顔を上げるといつもの暖かい笑みがかえってきた。


 (本当にお綺麗だなあ…上様に一度お会いしたときは、実はこの離れで寵愛されておられるのではないかと思ったけど…あれからは上様のお姿を見かけたこともないし。こんなにお綺麗でお優しい方を1人で離れになんて、上様はひどいですね)


 知らない間に百面相をしていたのか、お夕の方様が怪訝そうな顔でこちらを見られていた。それに気付いた私は恥ずかしくなり下を向いた。



 徐々に夏の気配も近付いてきたある日、昼過ぎの時間にお夕の方様の部屋へ呼ばれた。

 珍しいなと思いながら、今の環境に慣れてきていたのでいつも通り


 「失礼いたします」と、襖を開けた。


 (あれ? 今日はお方様はいらっしゃらないのかしら?)


 菊之助様がお一人で部屋に座っておられた。


 「おお お里、座ってくれ」


 私は菊之助様の前に座った。


 (なんだかいつもより真剣なお顔だけど…もしかしてクビかしら!?)


 「お里、あのな…」


 そこでしばらく沈黙があったので


 「はい」


 と返事をして先を促した。


 「お夕の方様からのお願いなんだが…」


 「はい。何なりとお申し付けください」


 「それが…」


 (そんなに言いにくいお願いなのかしら?)


 「お里を上様の寝間に上がらせたいとのことなのだ」


 「えっ? どういうことでございましょう?」


 (ちょっと待って!! これって上様のお相手をするってことよね? でも、お夕の方様はお側室なのに、なぜ私を? しかも…私…結婚して子供も産んでいるんですけど!)


 「お方様が望んでおられることなのだ」


 「と、申されましても…わ…わたくし、上様に一度しかお会いしたことがございません。しかも、このような雑用係で…」


 「それもすべてわかった上で、お方様はお願いされているんだよ」


 「はあ…」


 (お側室が雑用係を上様に差し出す? そんなことって…ドラマで見たことがある。自分では子が作れないから、お付きのものを上様に…なんてことがあった! お方様もそうなのかしら? ということはよほど悩まれて…私を信用してくださってお願いをされているのね)


 「これってお断りすることは…」


 「上様も異存はないとのことだ」


 (決定事項か…この大奥ではこれは喜ばしいことだったよね? この世界で生きるって決めたんだから、もう何でもやってやる!!)


 「謹んでお請けいたします」と、頭を下げた。


 「そうかあ! 良かった! 泣いて断られたらどうしようかと思っておったのだ」


 (泣いて断る方法があったのか…)


 「明日の夜、ここへ迎えをよこす。その者に従ってくれればよい」


 「承知しました」


 部屋を出た私は、なんでこんなことになっているのか少しパニックになった。私がこんなお役目を受けるなんて…上様とは遠いところにいたはずなのに…とりあえず、心の準備だけはしておこう。


 次の日の御膳所はいっそう賑やかでした。私の噂でもちきりです。


 「お里が上様のお相手に選ばれたそうだよ。なんで、あんな地味な子が?」


 「一度、お手つきになったからってご側室になれるわけじゃないからね」


 「どうせ庶民の子をからかって遊ぼうってことだよ」


 私は知らないふりをして仕事をした。


 (だから…全部聞こえてるんだって…)


 お常さんが「大丈夫かい?」と声をかけてくれた。


 「はい。なんとか…」と答えるのが精一杯だった。


 夜が来なければいいなあと思えば思うほど、あっという間に時間は過ぎていった。

 とうとう時間がきてしまい、お夕の方様の部屋へ向かった…

 

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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