手当
お常さんが匙が来たことを伝えてくれた。上様は一度出て行かれるものと思っていたけれど、私もここにいるとおっしゃった。今回のお匙は、上様のことをご存知の方だったらしくそれに反対されることはなかった。私は、少し恥ずかしかったがこの状況では反対も出来なかった。上様とお常さんに手伝って頂き、体を起こして着物をずらし、背中を見てもらった。私からは全く見えなかったけれど、ひどく擦りむいていたらしい。それを見た上様は後ろから
「お里、かわいそうに・・・痛いであろう」 と言われた。
「お見苦しくて、申し訳ございません」 私は前を向いたまま言った。
「そんなことは気にしなくていい」 と上様は優しくおっしゃった。
お匙が、背中に軟膏のようなものを塗ってからガーゼをおいて包帯を巻こうとされたとき、上様が包帯はお常が巻いてやってくれとおっしゃった。お常さんは、はいと言って少しニヤリと笑われながら、包帯を巻いてくれた。耳元でこそっと「上様にも困ったものだね」 と私に言われた。私もお常さんの顔をみてクスッと笑った。
お匙からは、骨にも異常はなさそうだが打ち身をしているので、2、3日は動きづらいだろうと言われた。傷は毎日軟膏を塗って、ガーゼを変えれば綺麗に治ってくるとのことだった。
上様は「そうか、ご苦労であった」 と少し安心した様子でおっしゃった。その後お匙の方を送るため、お常さんもお部屋を出て行かれたので二人になった。
「お里、この度は怪我をしてまで後継ぎを守ってくれてありがとうな」 上様は頭を下げられた。
「上様、やめてくださいませ。あの場では、誰がおられても同じことをしておりました」 上様は、私を見て頷かれた。
「幸い、怪我も大したことなく日にちが過ぎれば良くなるそうですので上様もご無理なされず普段通りのお仕事をされてください」 私は上様が私に付いていてくださるのは嬉しかったけれど、私の為にお仕事が出来なくなるのは困ると思ってそう言った。
「お里、いつも言っているが何かあったときに私はお里の一番近くにいたいのだ。一番近くにいることが私の幸せだ」 真剣なお顔でそれだけ言われた。私は、また恥ずかしくなり顔を赤くしてお礼を言った。
「上様、私は上様に看病をして頂いてばかりですね」 最近でも膝を痛めたときなど、上様が足を冷やしてくださった。その前は、私が誘拐されて怪我を負ったときには毎晩付きっきりで看病してくださったことを思い出した。
「ああ 怪我をしたことは悲しいが、お里が私一人のものになるのでたまには看病もいいものだと思っている」
「まあっ」 私はそんなことを考えておられたのかと驚いた。
「明日からは、私が軟膏を塗って包帯を変えてやるから安心しなさい」 そう言って手を取られた。
「いや・・・あの・・・上様? そんなことはして頂かなくても、お常さんやおりんさんが変えてくださると思います」 そんなことを上様にして頂くなんてと思い言った。
「何のために治療をみていたと思っている? 軟膏の塗り方やガーゼの当て方を覚えておくためだ。出来るだけ、お里の肌に触れるのは私だけがいいからな、もう匙にも触れさせる必要はないだろう」 と微笑みながらおっしゃった。そして、抱き締められない代わりに手を取ったままキスをされた。側室の部屋へ来てくださる上様はお夕の方様の姿なので、その時はキスはされないから久しぶりに上様からキスをされて嬉しく思った。
おりんさんが、お清様とご相談された結果を報告に来てくれた。
「とりあえず、しばらくの間はこちらのお部屋で過ごして頂くとのことです。他の方々も今回の件はご存知ですので、御膳所のお部屋で養生をするということにしておきますとお清様がおっしゃっていました」
「そうか、わかった」 上様が納得されたようにおっしゃった。
「上様、途中で見習いの方を休むことになり申し訳ございません」 私は、今まで何とか上様にも見守って頂き頑張ってきたのに休むことになり、残念に思っていた。
「そんなことは、気にしないでくれ。とりあえず今は早く怪我を治すことだけ考えてくれればいい」 上様は手を取っておっしゃった。
その後菊之助様が来られて、上様が今日は一晩こちらで過ごせるよう手配をしたことと、明日からも出来るだけお部屋に来られるように表の仕事を調整したことを告げられた。
「お里、そういうわけだから何かあれば言うんだよ」 と言ってくださった。
「はい。ありがとうございます」 と私はお礼を言った。ふと、おりんさんを見ると、下を向いて落ち込んでいるようだった。
(おりんさんは、まだ気にされているのかしら。さっきから気になっていたけれど、菊之助様と目も合わされておられないようだわ。いつも、元気でかわいらしいおりんさんなのに・・・)
私はおりんさんの様子が気になっていた。菊之助様は気にもされていないようなお顔だった。
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