危機回避
最近は、おりんさんのお掃除を手伝わせてもらっている。自分でたすき掛けも出来るようになり、廊下など目立ったところはさすがに無理だけれど、部屋の奥の掃除は自分でしたり、花瓶の花を生けたりして空いた時間を過ごすようになった。たまに、たすき掛けをした姿をお清様に見つかってしまうことがある。
(だって、いつも突然お部屋に来られるので・・・)
初めは少し怒られたけれど2回目には諦められ、呆れられて「好きにすればいい」と言ってくださった。
その日も掃除が終わってスッキリした部屋を廊下から眺め、その後空を眺めて綺麗な秋晴れだなあと伸びをしていた。すると、廊下の向こうから明らかに可愛らしい足音が聞こえてきた。廊下を曲がられて姿が見えると、やはり次郎様だった。私はこの間のこともあり、急いで廊下の端により手を付いて頭を下げた。おりんさんも私の姿に気付かれ、廊下に出て来られ同じように頭を下げられた。
手に顔より大きな鞠を持って走っておられるお姿を見て、陽太を思い出していた。体を一生懸命に使って走っておられた次郎様は前が見えておられないようだった。頭を少し上げて、お姿をみていると廊下から庭に降りる階段に向かわれている! 私は失礼ながら立ち上がり、注意をしようと思ったけれど話していては間に合わないと思った。おりんさんもそれに気が付かれ動き出されたけど、おりんさんの位置からは遠すぎたため私が抱きかかえる方が早かった。次郎様を抱きかかえ、転がらないように背中だけで階段を滑り落ちた。大して運動などしてこなかった私が、自分でも驚く程頭も打たず上手に転べたと少し感心していた。お腹のうえに乗っておられる次郎様は驚かれていたようだが、どこもお怪我はないようなので安心した。
「お里様!!」 おりんさんがすぐに私の所に駆けつけてくれた。その後に続いて、次郎様の侍女たちが、慌てて階段を降りてこられた。
「次郎様! 御無事でございますか?」 そう言って私のお腹の上におられる次郎様を抱きかかえられた。そして、私の方を向いて何度も何度も「ありがとうございます」と頭を下げられた。
「次郎様がご無事で良かったです」 と私も安堵の顔を向けた。
だけど・・・体が動かない。上手に転べたと言っても、背中で階段を5段ほども滑り落ちてしまった。おりんさんが、大丈夫でございますか?と尋ねられたけど、頭は打っていないので大丈夫ですが・・・起き上がれません。と素直に言うしかなった。
騒ぎを聞いて、お清様がその後駆けつけて来られた。
「お里!! まあっ どうしてこんなことに!」 庭で横になっている私を上から見つめられて言われた。すぐに、次郎様付きの侍女が、事情を説明してくださった。お清様は話を聞きながら、うんうんと素早く頷かれた。
「とりあえず、頭は打ってないのですね?」 と私に確認された。
「はい。意識もしっかりしております。 ただ、起き上がれなくて・・・申し訳ございません」 そう言って無理に頭を下げようとした。
「何も謝ることはありません。ジッとしていなさい。とりあえず動かさない方がいいので、戸板で運びます。男手を準備してくるまで、そこで待てますか?」 心配そうに私の横にしゃがんで言われた。
「はい。大丈夫でございます」 私は笑顔でそう言った。お清様は動きだすと同時に
「お鈴、すこしの間頼みますよ」 と言ってそのまま小走りで廊下を戻って行かれた。
お鈴ことおりんさんに、頭の下に布を敷いてもらいゆっくり頭も寝かせた。その時、心配そうにされている次郎様が目に入った。私は、寝たままの格好で失礼だとは思ったけれど次郎様に向かって話をした。
「次郎様、私は大丈夫でございますよ」 そう言って笑顔を向けたあと、侍女の方に向かって
「ご心配いりませんので、早く次郎様のお部屋へお戻りくださいませ」と言った。
侍女の方たちも黙って頷かれてから、私に頭を下げて次郎様の手を取って階段を昇って廊下を歩いて行かれた。その場には、おりんさんとお清様のお付きの方が一人の3人だけとなった。私は、その方の顔を見て思い出した。
「以前、お宿まで案内をしてくださった方ですよね? その節はありがとうございました」 と笑顔で言った。
「いえ、私はお役目を果たしただけでございます。それよりも、本当に大丈夫でございますか?」 と心配そうに聞いてくださった。
(上様が大名家ご訪問のため、しばらくお会い出来ないときお宿で上様とお会いできるようお清様に言われて道案内をしてくださった方だわ。あの時は、私が話かけても必要なこと以外はお話にならなかったけれど、あれはお役目だったのね。本当はお優しそうな方だわ)
「はい。大丈夫でございます」 笑顔で答えた。すると、心配そうなおりんさんが
「お里様? あまりおしゃべりにならない方がいいのでは、安静にしてお待ちください」と言われた。
「はい。わかりました」 と言って大人しくしておくことにした。
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