表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/233

男の子

 上様も時間がある時には、お夕の方様の姿で私の部屋へ来てくださった。一番端にある私の部屋は、どの方面からも死角になっていて上様やご側室をご存知ない女中たちにお会いされることはあっても、ご側室にお会いされることはなかった。次の日、私の部屋へ入ってこられた上様が、不思議そうに尋ねられた。


 「先ほど、そこで掃除をしているものが持っていた箒のようなものを最近よく見かけるのだが、あれは何だ?」


 おりんさんと私は顔を見合わせて笑った。上様は、ますます不思議そうなお顔をされた。


 「あれはですねえ・・・」おりんさんがもったいぶった言い方で話始められた。


 「お里様が、考えられたのですよ。棒の下に板を付けて、そこに雑巾を紐でくっつけてあるのです。そうすると、腰を痛めず雑巾がけが出来るのですよ。初めの1本は、お里様がお作りになったのですが、みんながこれは便利だと自分で作りだされたようで」


 おりんさんが、どうだといわんばかりのお顔を上様に向けられた。


 「おりんが得意げな顔をしているが・・・お里が作ったのか?」 上様がまだ不思議そうな顔をされていた。


 「はい。偶然思いついて作ってみたら、こんなことになってしまって・・・」 私は、こんなに皆さんが使い出してくださるなんて思っていなかった。


 「腰を痛めず便利になったのなら、良かったではないか? お里、すごいな」 上様は笑って手を取られた。


 「ほんとに・・・お里様の行動力と頭の良さはいつも感心させられてしまいます。隠密として一緒に働いて頂きたいくらいです」 上様の後ろに控えられていたおぎんさんがおっしゃった。


 「それは困るな。断る!」 上様は本気でお断りされた。その姿を見て、私たちは顔を見合わせて笑いあった。上様は少し恥ずかしそうに下を向かれた。


 「そうだお里、本当はこの部屋に琴を用意して奏でてほしいのだがな・・・やはり、音がまわりに聞こえるゆえ、それはまずいかと思って我慢しているのだ。でも、お夕の部屋に戻ったときには是非聞かせてくれよ」 上様は、先日私が偶然お琴の演奏を披露した場にいらっしゃった。それから、私のお琴が聞きたいとずっと言っておられる。


 「さすがに、私のお部屋だけにお琴をおいて頂くことはできませんからね。また、お夕の方様のお部屋に戻ったときにはぜひ聞いてください。本当に、上手くないので恥ずかしいのですが・・・」


 「いや、お里の優しさが伝わるような素晴らしい音色だった。お琴を弾いているお里を見ているだけで癒される」 上様は楽しそうに話された。


 「・・・・」(また、全員無言ですね。隠密のお二人はこういうとき、急に真顔になられます。最近、こういうかんじのことが多いです)


 「上様、そう言って頂けてうれしいです」 私は笑顔でお礼を言った。


 ある日、廊下に出てひなたぼっこをしていた。すると、廊下の向こうの方から小さな男の子が走ってくるのが見えた。


 (4、5歳くらいの男の子かしら? 初めてこの大奥内で子供の姿を見たわ。私の息子の陽太は別として・・・)


 男の子は、私の所で立ち止まりニコッと笑ってくれた。そのお顔を見た途端、上様にそっくりだと思った。とても、可愛らしくて優しい笑顔だった。私も、しゃがんで挨拶をしようと思ったところ、後ろから大慌てで侍女の方が3人ほど走って来られた。


 「次郎様! そちらの方へは行ってはなりませぬ」 そう言って、男の子を捕まえられた。捕まえられた男の子はいたずらっぽくへへッと笑われた。


 「お騒がせをいたしました。失礼いたします」 侍女の一人が私に言われた。


 「いいえ。とんでもございません」 私もそう言って挨拶した。そのまま、手を引かれた次郎様といわれる男の子は帰り際にもう一度私の方を振り返って笑顔を見せてくれた。


 (ほんとにかわいい。ご側室の方のお子様ね。ということは、やっぱり上様のお子様なのだわ)


 その後に部屋へ来てくださったお夕の方様の姿の上様に尋ねてみた。


 「上様、今日はこのお部屋の前の廊下まで可愛らしい男の子が走って来られたのですよ。後ろから追いかけてこられた侍女の方が次郎様とお呼びされていました」


 「そうか・・・敏次郎だな」 上様はあまり笑顔を見せずに話された。


 「笑った顔が上様に似てらして、とてもお可愛かったです」 私はその時のことを思い出して顔が緩んでいた。


 「あの子は、次男なのだが・・・長男が早世してしまったため、後継ぎになるだろう」 上様がそうおっしゃったので、私はしゃがんで気軽にお声をかけようとしたことを謝った。


 「上様、そうとは知らず私は軽々しくお声をおかけしようとしてしまいました。申し訳ございません」 そう言って頭を下げた。


 「なに、知らなかったことなのだから仕方がない」 上様は優しくおっしゃった。


 「はい・・・でも・・・」 私がまだ切り替えられない様子だったので、上様は


 「そんなことより、私たちのことを話そう」 と近くに寄ってこられた。


 (上様は、あまりお子様のことをお話になるのはイヤなのかしら。前に息子の陽太と遊んでくださったときも、初めてこうやって遊ぶとおっしゃっていたから・・・きっと、色々あるのね。あまり深く聞かない方が良さそうだわ)


 私は、切り替えて上様との会話を楽しむことにした。そうしていると、やっぱり時間はすぐに経ってしまう・・・上様も残念そうにして、お部屋を出て行かれた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ