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独占欲

 次の日の朝、目が覚めるとスッキリしていた。なんだか、悩んでいても仕方がないことだと吹っ切れていた。上様にとってはこれが今までの日常で、それでも私のことを大切にしてくださっていた。私が、急なこの環境に慣れていないだけなのだと本当に思えていた。

 朝の総触れの時も、特に変わったことはなかった。部屋に戻り、時間があったのでおりんさんが掃除を始められた。私はおりんさんにお願いした。


 「おりんさん、私もお手伝いしてもよろしいですか?」


 「そんなことをされては、またお清様に怒られますよ」 そう言って、お清様のお顔を思いだされたのか、両手に角を作って怒った顔を真似された。私は、それがとてもおかしくてお腹をかかえて笑ってしまった。


 「でも、やっぱりジッとしていると落ち着かないので・・・」 ともう一度言ってみた。おりんさんは、少し考えられてから言われた。


 「それでは、襖を閉めておきましょう。廊下などのお掃除は私だけがしますので、お里様はお部屋の奥の方のお掃除をお願いできますか?」 そう言って、雑巾を渡してくれた。


 「はい。ありがとうございます」 私はやる気になり、早速立ち上がって取りかかろうとした。すると、おりんさんが


 「ちょっと待ってください。それではあまりにも動きにくいでしょう?」 と言って、一枚羽織っている打掛を脱がしてくれた。着物の袖も上手にたすき掛けをしてくれて動きやすくなった。


 「ありがとうございます」 私はそう言って、掃除に取りかかった。掃除をしていると、楽しくなってきた。部屋も用意されたままだったので、自分で飾ってあるものの向きを変えたりなどしていると時間を忘れた。すると、襖の向こうから「失礼いたします」とおぎんさんの声が聞こえた。上様が来られたのだと思って、私は返事をした。


 「はい。お入りください」

 

 襖が開き、お夕の方様の姿をされた上様とおぎんさんが入ってこられた。私は、自分の今の格好を入って来られてから思い出した。


 「上様、このような姿で申し訳ございません」 私は、座って頭を下げた。


 「さすがお里だな。やっぱり働いている方がいいのか?」 と笑いながら聞かれた。


 「はい。ジッと座っているよりも、この方が・・・」 少し恥ずかしくなって下を向いた。


 「お里がしたいように過ごせばいい。私はかまわないよ。お清には怒られるかもしれないが・・・ね」


 私はたすき掛けをとり、上様にお茶を用意した。上様にお茶を出そうとしたとき、上様がいつものように私の手を取ろうとされた。私は無意識のうちに、その手を引っ込めてしまった。


 (あっ どうしよう・・・)


 私はその場を取り繕うために明るく言った。


 「上様、途中になっているお掃除だけ済ませてしまってもよろしいですか?」


 「ああ かまわない」 上様は、少し低い声でおっしゃった。掃除をしている間も上様の視線を感じたけれど、気まずく思ってあまり上様の方を見ずに掃除をした。掃除が終わり、おりんさんが打掛を羽織らせてくれた。私は、上様の前に座ろうとしたが対面することに気が引けたので、少し斜めの位置に座った。


 「お里? 膝の具合はどうだ?」 上様は優しくおっしゃった。


 「はい。上様に手当をして頂きましたので、もう大丈夫です」 私は出来るだけ笑顔で返した。


 「そうか。でもあまり無理をしないようにな」


 「はい。ありがとうございます」


 その日は、中奥で仕事があるとのことでお昼のお食事は一緒に取られずに早々に戻られた。あの後は私に触ることもされなかった・・・私は、朝は自分なりにスッキリしていたつもりだったのに、咄嗟に手を引っ込めてしまった自分が少しイヤになってしまった。口では大丈夫だと言いながら、心の中に上様を独り占めしたいという独占欲が強くあることに・・・


 (上様にも見苦しいと思われたかしら・・・)


 そんなことを考えていると、あっという間に夕方になってしまった。食事を済ませ、湯浴みをして夜の総触れに間に合うよう着替えを済ませた。


 (今日はどなたがお供をされるのかしら?)


 そんなことを気にしても仕方がないのに、気にしている自分がいた。


 「お里様? そろそろ参りましょうか?」 おりんさんが言われた。


 「はい」 そう言って立ち上がり、部屋を出た。 少し慣れてきた御鈴廊下に並んでから広座敷に入った。お清様がご挨拶をされた後


 「本日は・・・」と続けて言われかけたとき上様が「お清!」とおっしゃった。その瞬間、場が静まり返った。続けて上様が話された。


 「その続きは、わざわざ言う必要はない」 私の前では絶対見ない無表情なお顔でおっしゃった。


 「しかし・・・これは習わしでございまして・・・」 と、続けてお清様が言われた。


 「しつこい!」 上様は少しイラついた感じでおっしゃった。


 「承知しました。それでは、おやすみなさいませ」 そう言われたので、続いて全員が頭を下げた。上様はそのまま部屋を出て行かれた。


 (私が昨日、気にしていたことをお気付きになられたのかしら)


 私は自分の態度が上様に伝わってしまったことを後悔した。部屋に戻る途中、ご側室方の噂話が聞こえてきた。


 「上様が、総触れで意見されるなんて初めてだわ」

 「確かに、今日誰と夜を共にされるかなんてどうでもいいことですものね。その方だけが知っておけばいいことですもの」

 「そうよ、どうせ上様は感情なんてお持ちでないもの。ことが終われば、すぐにお部屋に戻られるものね」


 (結構、大きな声でお話しされていますけど・・・)


 私は、また上様にご迷惑をおかけしてしまったのではないかと心配になりながら部屋へ戻った。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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