動揺
しばらくすると、上様は自分のお部屋へ戻られた。私とおりんさんも夕食を済ませ、夜の総触れの準備をした。
「お里様? お膝の方はいかがですか?」 心配そうにおりんさんが聞かれた。
「はい。先ほどまで上様に手当をして頂きましたから」 そう言って、上様が巻いてくださった布の部分を着物の上からさすった。
「いいですねえ。お二人を見ていると、私も好きな方と過ごしたくなります」 おりんさんはそう言ってにっこりと笑われた。
(私と上様を見て・・・もしかしたらおりんさん・・・上様のことを?)
私は急に気まずくなってしまった。
「あ・・あの、おりんさん・・・申し訳ございません」 私は、何だか申し訳なくなって謝った。その様子に、首を傾げながらおりんさんは言われた。
「あの・・・お里様? たぶん、何か勘違いをされていると思うんですけど・・・私、上様のことをお慕いしたことなどないですよ。尊敬はしていますが・・・」 冷静に否定をされた。
「そうだったんですか? 私はてっきり・・・おりんさんにはかないませんから」 私は、ホッとした。
「申し訳ないですけど、上様のような男性はちょっと・・・です・・・。それに、もしそうだとしても、お里様にはかないません」
「そんな・・・では、どなたか想っておられるお方が?」 私は、ちょっと興味を持って聞いた。
(そらそうよね。まだまだ若くてお綺麗なおりんさんやおぎんさんだって、恋をしたり男性に想いを寄せられることがあって当たり前よね。おりんさんが想われているお方は、どのようなお方なのかしら?)
「お里様、そろそろお時間ですよ。その話は、また機会がありましたら」 と言って、ウィンクをされた。
(なんだかはぐらかされてしまったわ。残念・・・)
そう思いながら、また御鈴廊下へ向かって歩いた。朝と同じ並びで座ると、隣のお雪様が私の方を見て言われた。
「お里様? 朝のように無様な姿はお控えくださいね。御膳所で着られていたお着物の方が、合っておられるのではなくて?」
「はい。気をつけます」 私はそれだけ言った。周りのご側室の方たちが何人かクスッと笑われていた。御鈴廊下の入り口の鍵が開けられ、上様が入って来られたので、全員手を付いて頭を下げた。上様が通り過ぎられてから、朝と同じように順番に立って行きその列に従った。さすがに今回は、足を引っかけられることはなかった。
広座敷に全員が集まり、頭を下げた。すると、お清様が挨拶をされた。
「上様、御台所様、本日もお変わりなく無事1日を終えられたこと大奥一同お慶び申し上げます」
(この挨拶は意味があるのかしら?)
下を向いたまま、私は不思議に思った。これが、朝礼と終礼であるのだなと思った。
「ああ くるしゅうない。私からは何もない。以上」 相変わらず、愛想のないかんじで上様がおっしゃった。
「本日は、お千代の方がお供させて頂きます。おやすみなさいませ」 全員がまた頭を下げた。上様が席を立って奥へ向かわれた。
(!!! 今日のご寝所へ向かわれる方がここで発表されるのだわ)
私は、ドキッとした。側室方がそれぞれお部屋へ戻られる中、お清様についていかれた方が目についた。すこし、ふっくらとしたお綺麗な方だった。
(今日、あの方が・・・)
自分の心の中がモヤモヤするのがわかった。上様はきっとこのことを言っておられたのだろうと、改めて実感した。頭の中では、これはどうすることも出来ないことだと理解していたけれど、いざ体感してしまうと・・・。
部屋へ戻る途中、明らかに元気のない私におりんさんは敢えて何も話しかけてこられなかった。部屋に戻ってからも
「お里様? さあ今日はまた明日に備えて、早く寝ましょうか?」 と、着替えなど寝る支度をしてくれた。私も「はい。そうですね」と言って、支度をし、早々に布団に入った。
(これは、自分の中で処理をしないといけない感情なのだわ。私が元気にしていないと、みんなに心配をかけてしまう。実際、おりんさんは今すごく私に気を使われている。明日は、また元気に一日を始めなければ)
そう思って、無理矢理に目をつぶり寝ることにした。
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