束の間
お清様は冷静になってこられたようで、上様と私の姿をみて目を吊り上げられた。
「お里、上様にこのようなことをさせて・・・あなたは何を考えているのですか?」 今度は私が怒られる番だということは重々承知していた。私が膝を戻し、座り直そうとすると上様がその足を引っ張られ、元の位置に戻された。
「上様、お放しください」 私はお願いするように言った。
(本当にお清様に怒られてしまう)
「私がしたいからしているだけで、お里を怒るのは筋違いだ! お清、もう下がってよいぞ!」
「お清様申し訳ございません」 私は、足を伸ばしたまま謝る形になってしまった。お清様は大きくため息をつかれた。
「間もなく昼食のお時間です。こちらで、ご一緒に食べられるのですか?」 お清様は諦められたようだった。
「ああ お清がいいのならそうしてくれるか?」 上様が一気に上機嫌になられた。
「承知しました。では、こちらの方へお膳を増やして運ぶよう指示をさせて頂きます」 お清様は完全に呆れられていた。
(以前の菊之助様を見ているようだわ。今では、菊之助様はもう慣れられたようだけど)
「お里、今から昼食とおやつの時間があるので部屋でゆっくり過ごしなさい。夜の総触れについては、また知らせに参ります。それでは上様、私は失礼いたします。くれぐれも騒ぎにならないようにお願いしますよ」 お清様はそう言って席を立たれた。
「ああ わかっている。面倒をかける」 上様は、お清様の方を見ずにそう言われた。
お清様が出て行かれると、おぎんさんとおりんさんも席を外された。
「お里、無理していないか?」 上様が、膝を冷やしてくださりながらおっしゃった。
「はい。大丈夫でございます。こうやって、上様が私に会いに来てくださったので、まだまだ頑張れそうです」 私は笑顔を向けて、上様を見た。上様も笑顔を返してくださった。
「お里? 今日の朝は緊張していたな」 上様は思い出し笑いをしながらおっしゃった。
「はい。どうしていいかわからないところに、御台所様から名指しをされて・・・」
「そうか・・・なんだか、とても可愛かったよ。お里がそこにいると思うだけで私は顔が緩んでしまうので、気を張っておくのが大変だったよ」
(またそんな恥ずかしいことをおっしゃる)
私は、恥ずかしくて下を向いてしまった。
「ああ 口づけをしたい! だけど、今はお夕の格好だからね、この格好では何故か出来ないよ。残念だ」 そう言って、私の手を取られ手に口づけをされた。
「上様?」
「ん?」
「あの・・・もしかして、これから毎日お夕の方様のお姿でこちらへ来られるつもりでしょうか?」 私は、気になっていたことを聞いてみた。
「毎日というわけではないが、出来るだけ来るつもりだが、嫌か?」
(これは、ほぼ毎日ね)
「いえ、嫌というわけではありませんが、そのうち騒ぎにならないか心配でございます。上様のことをよくご存知のご側室の方にお会いになられることもあるでしょうし・・・今回はばれませんでしたが・・・お清様はすぐにおわかりになりました」
「さすがお清だったな。わかった、注意する。出来るだけ人に会わないように来るよ」
(こう言われたときは、徹底して実行されるのだわ。でも、上様にお会いできて嬉しい)
私は正直、そう思った。やはり知らない人や私を敵視するばかりの人の中で過ごすのはしんどいと思っていたところだから、本当に元気が出た。
すると、おりんさんとおぎんさんがお昼のお膳を持って、部屋へ入って来られた。私たちは、楽しく昼食を済ませて、上様のお好きな膝枕をしようと思ったけれど、今日は膝が痛くて無理そうだった。その代わり、二人で色々な会話を楽しんだ。
「ああ お里と話をしていると、あっという間に時間が経ってしまうなあ」 上様がしみじみとおっしゃった。
「そうでございますね。時間が止まってしまえばいいのにと思ってしまいますね」 私が笑いながらそう言うと、上様がジッと私の方を見られた。
「上様?」 私は何事かしらと思い尋ねた。
「いや・・・お里がそのように言ってくれるとは・・・嬉しくてな。いつも、私だけがお里と一緒にいたいと思っているのだと思っていたから」 上様は俯きながらおっしゃった。
「上様、思っていてもなかなか口に出来ないだけでございます」 私はそう言って恥ずかしくなり、また顔を伏せた。
「そんなかわいい姿を見せられて・・・私はどうすればいいのだ」 そう言って、抱き寄せられた。いつもより、お着物が邪魔をしていたようで、少し力をお入れになられたようだった。
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