御鈴廊下
顔合わせが終わり、部屋に戻る廊下の途中で、お雪様に引き留められた。
「お里様は、本気でご側室になれるなんて思っておられるの? 私たち3人は、大名家の出だけれど、お里様は庶民でしょ? お夕の方様の手前仕方なくこの見習いまでは参加出来ても・・・ねえ?」
(これは、マウントというやつだわ。どの時代もあるのね)
私は、特に気にした様子も見せずに(ママ友時代にこういうことは慣れていますから)黙っていた。
「そもそもお夕の方様って本当にいらっしゃるのかしら? どの行事も参加されたこともないらしく、私たちもお見かけしたこともないのですけど」
「お夕の方様は、とても美しく心優しい方様でございます」 私は、お夕の方様については我慢出来ず反論した。
「そう、まあいいわ。明日から、せいぜい恥をかかないようにね。では、失礼」そう言って廊下を先に進まれた。部屋に戻ると、お鈴ことおりんさんが怒りを爆発された。
「いったい何なのですか? 寄ってたかって、お里様にヒドイことを! 上様にご報告せねばなりませんね。あんな方たちの中から、ご側室になられる方が選ばれるのかと思うと・・・ああ ますます腹が立ってまいりました」 おりんさんは、また思い出されて腹を立てられたようだった。
「おりんさん、私のことは大丈夫ですよ。身分が違うのも、御膳所勤めなのも本当のことですもの。それよりも、お夕の方様のことを言われるとさすがにね」 と言っておりんさんに向かって舌を出した。
「お里様は、どこまでお優しいのですか」 と、少し呆れた顔をされた。そして、二人で夕食を食べ、明日に備えて早く寝ることにした。
(今日の嫌みなんて大したことないけれど、やはり私は目の敵にされているみたいだわ。何か粗相をして上様にご迷惑がかからないようにだけはしなければ)
次の日の朝は、早く目が覚めたので念の為早めの準備に取り掛かった。上様がご用意くださった着物は、どれも穏やかな色で上様の優しさを感じるような着物だった。
「どれも素敵なお着物ですね」 私は、おりんさんに言った。
「はい。これを決めるのも大変でしたよ。お里に似合うのはこの色じゃないとか、この柄はお里には派手過ぎるとか・・・でもとても楽しそうでした」 おりんさんは最後にニコッと笑われた。
「本当にありがとうございます」 私は着替え中だったので、立ったままお礼を言った。
準備が出来て、少しおりんさんと雑談をしているところへお清様が入って来られた。
「お清様、おはようございます」 私は頭を下げて挨拶した。
「おはようございます。準備は整っているようですね。それでは、ついてきなさい」 そう言われてついて行く途中、他のお三方と合流した。途中までは、侍女も一緒だったのだが私たちはそこから側室方の一番後ろの列へ座り並ぶこととなった。
(これが御鈴廊下というやつなのだわ。すごい! 本当にこんな長い行列を作って上様をお迎えするのね)
しばらくすると、側室方、最後に御台所様が入り口の先頭に座られた。お清様も前の方へ座られた。鈴がシャンシャンと鳴って、一人の女中が、大きな錠前の前に立ちカギを開けた。
(うえさまのー おなーりー ってやつはないみたいだわ)
襖が開き、上様が入って来られた。上様の後ろに続いて御台所様が歩かれた。その後を続々とご側室の方々が続かれた。上様が私の目の前を過ぎられるのを感じた。頭を下げたままだったので、そのお姿は見ることは出来なかったけど、間違いなくこの歩き方は上様だった。私は、過ぎ去られる足元だけを見つめた。
私の順番になり、立ち上がろうとしたとき、何かが足に当たった。それにつまずいて、立ち上がれず膝から崩れてしまった。
(あっ! 恥ずかしい! でも、この場はそのままやり過ごさねば・・・)
私は、もう一度立ち上がり歩き出した。膝は痛かったけれど、そんなことは言ってられなかった。私の近くにいた、ご側室や侍女の方たちが嫌なものでも見るかのようなお顔をされたり、口を押さえてクスッと笑われたりしたのが見えた。
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