始動
それから1ケ月程、側室見習いの件について何も連絡がなかった。上様も私もいつものように、お部屋で過ごしていた。涼しい風が吹き、秋が近付こうかという頃だった。
「お里、明日お清がここへ来る。話をしたいとのことだ」
「はい。わかりました」
(いよいよ、側室見習いの件かしら?)
「私も同席するから、いつもの朝の時間にこちらへ来ておいておくれ」
「はい」 私は、少し緊張して返事をした。その様子に気付かれたのか上様が
「何も心配することはない」 そう言って、優しく微笑んでくださった。私も、頷いて返事をした。
次の日上様が食事を終えられる頃に、お清様がお部屋へ来られた。
「失礼いたします」
「ああ はいれ」 私が上様から離れて座ろうとすると、手を取り自分の隣に引き寄せられた。お清様が入って来られ、その様子をみてため息をつかれてから席に着かれた。
「お清、このままで話を聞く」 上様がそう言われた。私は、恥ずかしく下を向いたまま挨拶をした。
「お清の方様、おはようございます」 そう言って頭を下げた。
「お里、おはようございます」 お清様は笑顔で挨拶してくださった。
それから、姿勢を正し上様にお話を始められた。私も姿勢を正して、そのお話を聞く準備をした。
「側室見習いの件ですが、準備が整いましたので始めたいと思います」
「そうか」 上様はそれだけ言われた。
「御中臈の中から3人を選びました。お里を合わせて合計4人になります。4人で、約2週間ご側室方と同じように過ごしていただきます」
(御中臈から3人か・・・私みたいに御目見得以下のものはおられないのね)
「お里は、御目見得以下からの選出ですので、他のものより辛くあたられることは予想されます」 それを聞いて私は唾を飲んだ。
(女だけの世界ですものね。何となく想像は出来るわ)
「そこは、お清がなんとかせい」 上様がお清様におっしゃった。
「上様、ご側室の世界とはそういうものです。それも、この大奥で生きていくための勉強でございます。自分が如何に上に立とうかと思っている女子たちの間で生きていくには、少々試練も必要でございます。わかりますね、お里」 お清様が私の方を向いて問われた。
「はい。承知しております」
「お里は、お夕の方様からの推薦ということにさせて頂きます。その方が、他の者たちも納得するでしょうから・・・実在はしないご側室の名前を使うのははばかられますが・・・」 お清様が少し歯切れの悪い話し方をされた。
(??? お清様は、お夕の方様が上様であるということをご存知ないのかしら? 初めて、お夕の方様と会われたのは、お夕の方様の姿をした私だったものね。ってことは、お夕の方様は、上様がただ言っておられるだけの架空の人物ということに?)
私は、そっと上様の方を見た。上様もこちらを見られ、内緒だぞというように肩をすくめられた。
「それから上様・・・」 お清様は少し厳しい口調で話された。
「なんだ?」
「2週間の間、お里とお二人でお会いになることはお控えください。もし、上様とお会いになられていることが知られては、大奥として示しがつきませぬ」
「それは・・・」 上様は、少し考えられた。それから、お清様の方をみて
「わかった。いたしかたない」 とおっしゃった。お清様は、ここで上様がすんなり了承するとは思っておられなかったようで、少し拍子抜けされたようだった。
「それから、侍女を一人だけ付けることを許しておりますが、どうされますか?」
「それは、こちらで用意したものをお里につける」 上様が返事をされた。
「わかりました」
話が一段落しそうだったので、私はお茶をお淹れしようと席を立った。お清様も、とりあえず伝えることは伝えたからかリラックスした感じで話始められた。
「今まで、このような報告を上様にしたことはなかったですね。大奥のことなど、どうでもよいというかんじでございましたからね」
「ああ そうだな。今回もお里が参加せぬのなら、どうでもよいことだがな」 はっきりと上様がおっしゃった。
「まあっ!」 お清様はそう言いながら、呆れた顔をされた。
私はお茶を淹れ、上様とお清様の隣に置き、今度は上様から少し離れて座った。上様は、それを見て少し拗ねたお顔をされたが、私もけじめをつけておかねばならないと思った。
「お清様、色々とご配慮いただきありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」 私はお清様に頭を下げた。
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