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思案

 上様も次第に回復され、いつもの生活が戻りだした。私も、お部屋にいるとき以外は御膳所の仕事をこなしていた。


 (あれから特に上様とご側室の件に関して話はしていないけれど、上様はどう思われているのかしら)


 時々気になってはいたが、私から話をするのは厚かましいのではないかと思いそのままにしておいた。ある日二人になった時、上様が私にお話をされた。


 「なあ、お里・・・」


 「はい」


 「この間言っていた側室の件だが、本気で言っているのか?」 真剣な顔で上様は尋ねられた。


 「私はご側室の皆様がどういうことをされているのか、見当もつきません。だから、もしかしたら私ではなれないのかもしれません。でも、上様のお傍にいられるのならと思って・・・ただそれだけで言ったのでございます。考え足らずで発した言葉だったかもしれません」


 私は、上様がご病気になられたときに自分が上様のお傍でお世話をさせて頂けなったことがとても悔しかった。だから、側室になればと考えたのは本当のことだった。でも、実際に側室になったからといって何をするのかということは全く考えていなかったのも事実だったので正直に話した。


 「そうだな・・・お里は側室と直接関わったといっても、あの宴席のときだけだったからな」


 「はい。あの時は、おぎんさんとおりんさんが傍について支えてくださっていましたから」


 「ああ・・・お里は、私や今までの将軍が何故側室をたてているのかわかっているな?」


 「はい。存じています。特に、上様の場合はお父上の命で特に沢山のご側室をかかえておられるということもわかっております」


 「そうだ。今は、お里はだいたいが御膳所で寝ているので私が夜に何をしているかなど考えなくてすむだろう? だけど・・・側室になれば、その日は私が誰と夜を共にするのか知ることになる。お里はそれに耐えられるのかと心配なのだ」 上様が真剣なお顔でおっしゃった。


 (!!! 上様が今まで見なくても良かったことを見ることになるとおっしゃっていたのはこのことだったのだわ)


 私は何も言えず、口をつぐんでしまった。上様は続けて話された。


 「前回、お糸の件があった時お里は胸が苦しかったと言った・・・私は、そういう思いを毎日させるのかと思うと・・・な・・・」 上様も話しにくそうにされた。


 お糸さんは、以前に私と仲が良い振りをして、上様に近付いた人だった。上様に無理矢理抱き付かれたところを偶然私が目撃してしまった。その光景を見た私は、つらく、苦しかったと上様に言ったことがある。


 「もちろん、お里が側室になってくれれば私は嬉しい。以前のような正式な行事にもお前を連れて行くことができる。町見物なんかも一緒に行けるだろう・・・何より、お里がどのような立場であっても、私はお里を大事にしたいと思っているし、そういうふうに思えるのはお前だけだ」 上様は、さらに真剣なお顔でおっしゃった。


 「上様、ありがとうございます。私は正直・・・その時、自分がどう感じるのか今はわかりません」


 「だろうな。お里、少しの期間だけ側室の見習いをしてみないか?」


 「見習いでございますか?」


 上様がおっしゃるには、普段新たに側室を抱える場合、だいたい御中臈の中からお清様などの御年寄と呼ばれる役職の方がお決めになるそうだ。上様の場合、自分で召し上げられることはほとんどないらしい。だが、時々該当する者が見つからなかったりする場合は、何人かの候補を見習いとして一時だけお役につかされる。そこで、どのような娘か、健康状態はどうかなどを判断して次回の側室の候補を探されることがあるということだった。


 「それで、もしお里がやはり無理だというならこの話はなかったことにしよう」


 「上様・・・」


 「お里、いつも言っているように私はお前に無理をされるのが一番辛いのだ。だから、側室になることでお前が笑わなくなるのであれば、私は今のままでいい」 上様はそう言って、私を抱き寄せられた。上様の温かさに、気付けば涙を流していた。


 「お里は本当に泣き虫だな」 上様がそう言って涙を指で拭いてくださった。


 「上様がお優しすぎるからでございます」 私は上様の目を見て言った。


 上様はそのままお顔を近付けられ、涙に・・・頬に・・・唇にとやさしくキスをしてくださった。


 「上様? 少し考えさせて頂いてもよろしいですか?」 私は、一度よく考えてからお返事をしたかったので素直にそう言った。


 「ああ もちろん。それでかまわない」 そう言いながら、キスを続けられた。


 私は夜、女中部屋に戻り一人で考えてみた。


 (実際、私はここで過ごしているので今上様が何をされているのか知らないし、気にもしていなかった。明日、上様にお会いした時のことを考えることはよくあるけれど・・・お糸さんの時に、これが嫉妬なのかという初めての気持ちを知ったことも事実だった。さて、どうしよう・・・)


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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