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お薬

 そこへ菊之助様が入ってこられた。


 「上様、お目覚めですか? お里殿ご苦労様です」


 「菊之助様、おはようございます」 私は頭を下げた。


 「菊之助・・・ご苦労であるな。昨日は色々世話になったみたいだな」 上様は菊之助様とは目を合わせずおっしゃった。


 (少し気まずいと思っていらっしゃるのかしら)


 「いえ、お加減がよろしいようで何よりでございます」 菊之助様は気にせずおっしゃった。


 「ああ 今お里に食事を用意してもらって食べたところだ」 上様はお腹をさすり、満足そうにおっしゃった。


 「お食事を? されたのですか?」 菊之助様は不思議そうにおっしゃった。


 「お食事はまだされてはいけなかったのでしょうか?」 私はあわてて聞いた。


 「いえ、後は食欲が戻れば・・・とお匙が言っていたのですが、食欲だけがなかなか戻られず、どうしたらよいものかと思っていたところだったのです」


 「そうでございましたか。朝は、お粥のほとんどとお野菜をすべて食べて頂きましたが・・・」私は良かったのだろうかと不安になって報告した。


 「上様がご自分の意思で食べられたのでしたら、なんの問題もございませんよ・・・そうですか」 少し菊之助様の言い方が不安になったので、聞いてみた。


 「菊之助様? なにか?」


 「いえ、やはり上様にとってのお薬はお里殿だったようですね。今日のお顔の色は一番良いようでございます」


 「だから早くお里に会わせろと言っただろ?」 上様がドヤ顔で言われた。


 「まったく・・・」 菊之助様は聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼやかれた。


 「でも、お元気な姿が見られてよかったですね」 私はお二人に向かって言った。


 「では、またお昼頃に様子を見にまいります。お里殿よろしくお願い致します」


 「はい。わかりました」 私はそう言って、菊之助様が持って来られていたお着替えなどを受け取った。


 二人になると、上様は少し横になると言って横になられようとされたので、


 「上様、先にお着替えをさせてください。汗もかかれたようですし、さっぱりしますよ」 そう言って、体を拭いてから着替えをして頂いた。


 「ああ 気持ちがいいな」 上様はさっぱりされたのが気持ち良さそうにおっしゃった。


 「それでは、少しお休みください」


 「そうさせてもらうよ。お里はずっとここにいてくれるだろ?」 私の手を取って甘えたように尋ねられた。


 「はい。私はここにおります」 そう言うと、上様はにっこりとされ目を閉じられた。


 私は上様が寝ておられる間に、音を立てずに出来る範囲で掃除をしたりした。お昼前になると、上様が目を覚まされた。


 「お里?」 上様は、寝たままの状態で私をお呼びになった。


 「はい。ここにおりますよ」 私は、上様の枕元へ行き顔を見せた。


 上様が、私の膝をポンポンとされたので私は膝枕が出来る状態に体勢を直した。すると、すぐに頭を私の膝の上に乗せられた。


 「やっぱり、ここがいい」 上様はとても嬉しそうにおっしゃった。そしてそのまま私の腰を抱き寄せられた。私は、上様の頬を撫でながら


 「どうされましたか?」 と聞いた。


 「やはり、お里のもとが一番安心するのだなと改めて思っているところだ」


 「ありがとうございます」 私は、素直に必要と言ってくださる上様に感謝した。


 昼頃に菊之助様が来られたときも、膝枕のままだった。私も動けなかったので、菊之助様と目を合わせ苦笑いをした。


 「上様、今日はどうされますか?」 菊之助様が上様に聞かれた。


 「私はここで過ごしたいが、そういうわけにもいかないだろう。いつも通り、夕方には戻ることにする」


 「承知しました。でも、お体もだいぶ戻られたようですので明日から昼の間はこちらで養生できるようにいたしましょう」


 「そうか。そうしてくれるとありがたい」 上様はそう言いながら、少し嬉しそうにされた。


 菊之助様もそのお顔を読み取られたのか、微笑まれた。私は上様がご病気の間、ずっと思っていたことを口にした。


 「上様、菊之助様、今回のことで私は思い知ったことがございます」 私が真剣な話を始めたことが気になられたのか、上様が体を起こされた。私は上様に羽織をかけながら続けた。


 「私が、御膳所勤めのお里のままでは上様のお傍にいることに限界があるということを・・・上様のご寝所にお伺いするために、菊之助様や隠密のお二人のお力を借りなければあちら側にはいけないことを実感いたしました」


 「お里・・・」 上様は私が何を言い出すのか少し不安そうな顔をされた。


 「ああ このままでは上様のお役に立てないと何度も思っておりました」


 「だからって私から離れるとか言わないでくれよ。役に立つとかじゃなく、お里がいてくれるだけでいいのだぞ」 上様は私の手を取っておっしゃった。私は上様に向かって微笑んだ。


 「離れるのではございません。上様が私をご側室にと望んでくださるのなら、その道を目指してみた方がいいのではないかと・・・」


 「!!!」 上様はびっくりされて、すぐに言葉が出てこられなかったようだった。


 「お里殿? 本気でございますか?」 菊之助様が確認するように聞かれた。


 「お里、無理をすることはないのだぞ。側室になるということは、今まで見なくて良かったことを見なければならない時もある。今のままでも私は充分に幸せだ」


 (上様は、いつも私のことを気遣ってくださる)


 「ありがとうございます。ただ、今すぐにという決断はまだ出来ていないのですが・・・中途半端なことを言って申し訳ございません」 私は頭を下げた。


 「お里殿、そのようにお考えであるということは私の頭の中にも入れておきます。あとは、ゆっくり上様とご相談をされて決めてください」 菊之助様が優しい目を向けておっしゃった。

 

 「はい。ありがとうございます」


 「お里、そのようにしてまで私の傍にいたいと言ってくれるだけで私は満足だ。今後のことは二人でゆっくり話し合おう」 上様も優しく言ってくださった。私は、上様をしっかりと見つめて頷いた。なんだか、暗い雰囲気になってしまった。


 「私の話を聞いてくださり、ありがとうございました。上様? 冷たい桃をお食べになられませんか? 今から切りましょう。菊之助様も一緒に食べましょう」 私はこの雰囲気を一掃するために明るく言った。


 「ああ そうだな。食欲も出てきたから食べられそうだ」 上様も笑顔で答えられた。続けて、


 「菊之助も桃を食べたら、夕方まで下がっておってもいいぞ」 とおっしゃった。


 「はいはい。わかりました、そうさせて頂きます」 といつもの呆れ顔で菊之助様がおっしゃった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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