解熱
次の日の昼前に菊之助様が部屋へ来られた。
「お里殿、部屋へ戻ってから寝られましたか? しっかり寝ておかないと、今度はお里殿が倒れてしまいますよ」
「はい。私は大丈夫でございます。それより、上様はいかがでございますか?」
「はい、お里殿の看病のおかげで少し熱が下がられてこられたようです。息もだいぶしやすくなられたようで・・・まだ、安心は出来ませんが」
「そうですか。私には何も出来ませんが、少しでも楽になられるといいですね」
私は熱が下がってきたことで、少しだけ安心した。
「菊之助様、本日もお伺いしてもよろしいですか?」 私は、希望も込めて菊之助様に聞いた。
「はい、よろしくお願いします。朝、診察にきたお匙に、こんなところに手ぬぐいを挟むとは無礼だと怒られてしまいました」
「申し訳ございません。以前どこかで、そうすると体中の熱が下がると聞いたことがあったものですから」
「そうなのですか?でも本当にそのおかげかもしれないですね」
「だといいです・・・」 私は、細かいことは話さないようにした。
「では、また夜に・・・」 と言って、菊之助様は部屋を出られた。
私も、夜に備えて少し休むことにした。夜になると、また着替えて上様の寝所へ向かった。
部屋に入ると、上様は目を覚ましておられた。
「おさとか・・・早くこちらへきてくれ」 そう言って、手を伸ばされた。
「上様」 私もすぐに上様の手に自分の手を伸ばした。そして、しっかりと握った。
「目が覚められましたか?」 上様を見つめて聞いた。
「ああ、少し楽になったようだ」 やつれたお顔でそう言われた。
「良かった・・・」 私は上様の手を自分の頬にあて、しみじみ言った。
「やはり、お里の手は気持ちいいな。昨日も、私の頬を撫でてくれていたであろう?」
「まあっ。上様、お気付きだったのですか?」
「ああ、意識は朦朧としていたのだがお里が近くにいてくれたのはわかっていたよ。冷たい手で、私の頬を触ってくれていたこともな。そのおかげで、少し楽になったのだな」
「いえ、私は何もしておりません。ただ、上様のお熱がさがればと・・・」
「お里殿は、ご自分の手を赤くなるまで冷やされて上様の頬を冷やされていたのですよ」 菊之助様がおっしゃった。
「そうか。お里、ありがとうな」 上様が、優しく言われた。私は、微笑みながら頷いた。
「上様、またお疲れが出ては大変でございます。ゆっくりおやすみください」 私は手を離して、お布団をかけ直そうとした。すると、上様は手に力を入れられた。
「お里の言う通り、休むとする。だが、私が眠るまで手を握っていてくれるか?」 そう言われたので、私も「もちろんでございます」 ともう一度手を握り返した。しばらくして、上様は寝息をたてられた。私は時間が許すまで、手を握ったまま上様を見つめていた。
(お熱が下がって良かった。上様がもし・・・なんて考えたら、耐えられなかった。今の私は上様がおられなければ、何も出来ず、何も考えられなくなる。そう考えただけで怖くなるわ)
私は、上様が自分にとって大きな存在であることを実感していた。次の日、お部屋に来られた菊之助様に上様は少しずつ回復されていると聞いた。
「良かった・・・」 私はホッと安堵のため息をついた。
「お里殿、やはりこれ以上は夜に上様の寝所へ向かうのは危険だと思います」 菊之助様は真剣なお顔をされておっしゃった。
「はい。わかっております」 私が2日も続けて上様のご寝所へ行ったことは、かなり無理をしていてくださったのだと思った。
「上様が回復して、こちらに来られるようになるまで我慢をして頂けませんか?」
「はい。わかりました」 私はそう言うしかなかった。ここで、私が会いたいから行かせてくれるよう頼んだとしたら、菊之助様は承知なさるはず・・・だけど、もしもの場合、上様と菊之助様にご迷惑がかかってしまうから。
「お里殿、申し訳ございません」 菊之助様が頭を下げられた。
「菊之助様、おやめください。上様が回復されているなら、またしばらくすればお会いできます。私は、上様がいつここへ来られてもいいようにお部屋をお掃除していつも通り待っています。上様にもそうお伝えください」
「わかりました。ありがとうございます。私は、こちらへ来て上様のご様子をお知らせしに伺いますので」
「はい」 そう言って私はもう一度頭を下げた。
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