対面
夕方になると、お常さんが食事を部屋まで持ってきてくれた。
「お常さん、ありがとうございます」
「かまわないよ。今は、あんたが倒れてしまってはいけないからね。夜通しになるんだろ?今のうちにしっかり食べて、上様のお傍で看病しておいで」
「はい。ありがとうございます」
私は、上様の様子を見られないことが不安でたまらなかった。明日の朝も食事を運ぶからと言って、お常さんは早々に御膳所に戻っていった。外が暗くなると、隠密のお二人が部屋に来られた。
「お里様、そろそろ準備をしておきましょうか?」
「はい。ありがとうございます」
お二人に着替えを手伝ってもらっている間に上様の様子を聞いた。
「やはり、なかなか熱が下がらないみたいで、とてもお苦しそうです」
「そうですか・・・心配ですね」
(お薬といっても、きっと私たちが以前の世界で飲んでいたようなお薬はないはずよね。熱が下がるのを、ただ待つだけなのかしら?)
準備が整い、おりんさんが様子を見に行ってくれた。しばらくして、戻ってこられるとそろそろ菊之助様がお一人になられるということだった。
「それではまいりましょう」 そう言ったおぎんさんに黙って頷き、上様の寝所へ向かった。
夜の当番である女中以外はみな寝ている時間なので、廊下は真っ暗で静まり返っていた。おぎんさんの持っている蠟燭の灯りを頼りに廊下を進んだ。
上様のお部屋の前まで来ると、すぐに菊之助様が中から襖を開けてくださった。
「さっ、中へ」 小声でそう言われたので、挨拶は後にしてすぐに部屋の中へと入った。
部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、とても苦しそうに息をされている上様が寝ておられた。私は、その横へ駆け寄り上様のお手をとった。
「はあっ・・・はあっ・・・おさと・・・」 上様がうなされながら、私の名前を呼ばれた。
「上様、お里にございます。しっかりしてください」 上様は、うっすらと目を開けて、瞳だけを動かされた。私は、上様の視界に入るよう、覗き込むようなかたちで上様に顔を近付けた。
「おさと・・・おさとか・・・」
「はい。お里です」 そう言って、握っていた手を自分の頬にあてた。上様は少し手に力を入れられ、私の頬を何度か撫でられた。そして、また目を閉じて眠られたようだった。
(手がこんなに暑い。熱が相当高いんだわ。でも、濡れた手ぬぐいがおでこの上にのっているだけ・・・熱を下げるためにどうにかできないかしら)
私は、おぎんさんに手ぬぐいを沢山持って来ていただくように頼んだ。そして、氷とたらいも用意してもらうように言った。おぎんさんとおりんさんは、部屋から出て行かれすぐに用意を整えて戻って来られた。
「ありがとうございます」 お二人にお礼を言ってから
「上様、失礼いたします」 と言って、掛布団を足元へずらした。そして、手ぬぐいを氷水につけて冷やし、それを両脇の下、太ももの間にはさんだ。上様は、冷たくてビックリされたのか、時々ビクッとされた。
「上様、冷たいですよね。でも、少しでもお熱が下がるように我慢してくださいね」
(子供が熱を出したとき、こうやって一晩中手ぬぐいをかえていたわ。薬の力もあったけれど・・・)
おでこの手ぬぐいもすぐに温かくなったので、何度も冷やし直し、汗もふいた。それを、ずっと繰り返していた。自分の手を氷水でキンキンに冷やし、上様の頬にあてたりもした。上様は、少し気持ちよさそうにされるのがわかった。そうしているうちに、あっという間に外が明るくなり始めた。
「お里殿、そろそろ戻らねば・・・」 言いにくそうに菊之助様がおっしゃった。
「そうですね。わかりました」 私は名残惜しかったけれど、これ以上は迷惑をかけてしまうので素直に従った。
上様の手を握って「また、まいりますね」 とだけ言ってお部屋を出た。
(少しでも熱が下がってくれればいいのだけど・・・)
そう思いながら、お夕の方様の部屋へ戻った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。