待ち合わせ
後日、菊之助様はおっしゃった通りおぎんさん達も交えてお話をされた。
おぎんさんとおりんさんは、上様の隠密(忍者?)で、数少ない私たちの秘密を知っている方たちです。色々な変装をされて、いつも助けてくださっています。
「今回は、お二人が一緒に出ていかれるのは無理ですので、上様は私と、お里殿はおぎんとおりんとそれぞれ城から出て頂きます」菊之助様が説明された。
「歌舞伎の席でお待ち合わせをして頂くということですね」おぎんさんが言われた。
「それは、少し寂しいな。行くまでに、お里が誰かに狙われないか心配だが・・・」
上様がおっしゃったのを、私たちは苦笑いするしかなかった。菊之助様は、知らん顔でそのまま話し続けられた。
「その後、近くの食事処を予約してありますのでそこでゆっくりお過ごしください。申し訳ありませんが、私たちも一緒に食事をさせて頂きます・・・」 上様は少し眉をひそめられたが、口を挟まれることはなかった。
「帰りは、またそこから別々でお帰りになられるというわけですね」おりんさんが締めくくられた。
「ああ、上様これでよろしいですか?」
「かまわない」 上様は私に同意を求められるように笑顔を向けられた。
「よろしくお願いいたします」 私も頭を下げた。
(遊びに行かせて頂くのに、菊之助様や隠密のお二人の手を煩わせてしまうのは申し訳ないな。私のためではなく上様のためですものね)
「お里殿のお休みは、私からお常に話しておくので大丈夫ですよ」
「はい。ありがとうございます」
「お里。私は、芝居小屋に行くのは初めてだから、楽しみだよ。それも、お里と行けるなんて・・・」と言って、上様は私の手を取られた。
(だから人前では恥ずかしいです)
「はいはい。それでは、当日は各自段取りの方をよろしく頼みますよ」 菊之助様がいつものように呆れ顔で言われた。
当日の朝はお常さんに挨拶に行ってから、おぎんさん達と玄関で待ち合わせをした。お二人は私を外から迎えに来たという設定だった。
お常さんは、御膳所で働いている私の上役で、厳しいながら温かく私を見守ってもらってきました。上様のことはずっと黙っていたのですが、先日ようやく上様のお許しを得て、秘密を打ち明けました。お常さんは、初めこそ驚かれましたが、変わらず御膳所勤めのお里として接してもらっています。
私たち3人は、お城を出て城下の方へ向かって歩いた。しばらく歩くと、京都とは違った町並みが見えてきた。ここでも、人々は賑やかに動き回っていた。
「三人でまた来たいですね。きっと、楽しいですよ。お買い物をしたり、甘味処に行ったりしたいです」町娘の格好をされていてもお美しいおりんさんが言われた。
「でも絶対に上様が拗ねられますよね。私も行くと・・・」 おぎんさんが笑いながら言われた。こちらも、お美しいお方です。
「そうですね」 私も上様のことを想像して笑った。
商店がならんだ真ん中に芝居小屋があった。その前では、チラシが配られていたり大きな声で呼び込みをしていたりで一層賑やかだった。芝居小屋の前におみやげ物屋がいくつか並んでいる場所があった。その中に巾着袋を売っているお店があった。
「少しお店を見てもかまいませんか?」 私はお二人に聞いた。
「はい。まだ時間があるので大丈夫ですよ。私たちは外で待っているのでゆっくり見て来てください」 とおぎんさんが言ってくれた。
私はこの世界に来てからお給金を使うことがほとんどなかったので、今日はそれを持ってきていた。色鮮やかなものから渋い色までたくさん並べられている巾着袋の中から吟味して選んだ。
「お待たせいたしました」 外で待っていてくれたお二人にお礼を言い、芝居小屋へ改めて向かった。
案内された席は2階席だった。かなり広めで舞台全体を見渡すことができた。
(ここって、とてもお高い席よね)
私は、以前に(2020年の世界で)行ったことがある会場と比べて、周りを興味津々に眺めていた。
(舞台全体の作りってこの頃とあまり変わらないのね。花道もあるわ。客席もこんなかんじだったものね)
「私も歌舞伎なんて久しぶりで、なんだか得した気分です」 隣に座っていたおりんさんが嬉しそうだったので、私も一緒に来られたことを嬉しく思った。そうしているうちに、後ろから
「お里。待たせたな」 と、上様と菊之助様が来られた。
「本日はありがとうございます」 と、頭を下げると
「ああ、無事に着いていて安心したよ」 と、私の隣にお座りになった。
(久しぶりに上様が若侍様に変装されたお姿を拝見したけれど、やっぱり素敵だわ。菊之助様とお二人で並ばれると特に・・・近くでお二人を見ることが出来て幸せ)
「上様・・・」 と言おうとしたとき
「今日は、上様はまずいのではないか?」 と、おっしゃった。
「では、何とお呼びすればよいのでしょうか?」
「そうだなあ・・・名前読んでみるのはどうだ?」
「それでも、わかってしまいます」
(家斉なんて、この世界にはお一人しかいないのではないかしら? 下のお名前で呼ぶなんて、出来るわけないです)
私は頭をめぐらし考えた。他の方に上様だとばれずにお呼びする名前を・・・
「それでは、旦那様と呼ばせて頂いてもいいですか?」 私は何とか考えついたことを言った。
「旦那様か・・・それはいいなあ。なんだか、ますますお里が私のものになったような気がする」
そう言って、上様は私の手に手を重ねてこられた。私は早速、顔が赤くなってしまった。上様は、私の方を見られ意地悪そうに言われた。
「それでは、お里。試しにそう呼んでみてくれ」
「えっ! 今ですか?」
「そうだ」 上様は、私に期待の顔を向けられた。
「・・・旦那様」 私は、顔を真っ赤にして思い切って呼んでみた。上様は、一旦下を向かれてから、「お里」 と言いながら私に抱き付こうとされたので菊之助様がすかさず入ってこられた。
「はいはい。それ以上はお慎みくださいね。間もなく始まりますよ」
「チェッ!」 上様が明らかに舌打ちされた。
その様子を見てクスッと笑った私を見て、ご自分も笑われた。
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